卒業研究のご紹介
2021年版

医療技術・栄養系所属学生

VA固定に用いられる医療用テープ粘着力比較−JIS規定の試験板と皮膚に貼付した場合の粘着力の違い−

田代 智探神奈川県
健康医療科学部臨床工学科2021年3月卒業
クラーク記念国際高等学校出身

研究の目的

医療用テープは、ガーゼや針など様々な器具の固定に用いられるもので、医療に欠かせない器具の一つである。医療用テープは、用いられる環境が特殊であることから、粘着力が優れているだけでは十分とは言えない。生体に優しく、環境の変化や患者の体動がある中でも固定力を維持できることなど、特殊かつ多くの条件が求められる。しかし、医療用テープの粘着力はJISに基づき、他の工業用テープと同様の方法で測定・評価されている。この評価法はステンレス製試験板に貼付した場合の引きはがし力を測定するものであり、皮膚貼付時に同様の傾向になるとは考えにくい。本研究では、医療用テープが多用される血液浄化分野で使用されているテープについて、JISに準拠した方法で測定した場合とヒト皮膚に貼付し測定した場合の粘着力を比較することで、現在JISに規定される方法が医療用テープの評価として適しているのか調べることを目的とした。

研究内容や成果等

■ 方法

(1)被験者および使用機器
神奈川工科大学臨床工学科の教員1 名(男性、40代)とした。
本研究に使用した機器・器具を以下に示す。
・剥離試験機(MX-100N IMADA(株))
・各種剝離試験治具(P90-200N、P180-200N IMADA(株))
・フォースゲージ(ZTS-200N IMADA(株))
・試験板(SUS304 鋼板 MADA(株))
使用した医療用テープを以下に示す。
・A(トランスポア スリーエムジャパン(株))
・B(やさしくはがせるシリコーンテープ スリーエムジャパン(株))
・C(ジェントルフィックス スリーエムジャパン(株))
(2)実験方法
本研究はJIS Z 0237「粘着力測定:テープ及びシートをステンレス試験板に対して 90°に引きはがす試験」ならびに「粘着力測定:テープ及びシートをステンレス試験板に対して 180°に引きはがす試験方法」に準拠して行った。
①JIS 規定試験板に貼付した場合の粘着力測定
試験片はJIS規定より、長さ約300mmとした。試験片の採取はロールから、500~750mm/s の速さで巻き戻すとJISに規定されているため、1秒以上かからない速度で約300mm分巻き戻し、鋭利な刃物で切断した。試験板の洗浄は酒精綿で行い、同じ面を使用しないように、試験板表面が目視によって正常になったとみられるまで3回以上拭いた。試験片の端を試験板に貼り、接触させないように試験板の上に試験片をたるませて持ち、ローラで縦方向に圧着しながら試験板端まで貼付した。試験板を治具に設置後、試験片端をフォースゲージに取り付け、たるみをなくしつつ90°、180°になるようフォースゲージ(試験機の可動部)を上に動かした後、フォースゲージの値が0Nになっていることを確認し、測定を開始した。剝離速度は4mm/sとした。測定開始後、最初の25mm分の測定を除外し、その後試験板から引きはがされた50mmの長さの測定値を平均することで粘着力を記録した。
②ヒト皮膚に貼付した場合の粘着力測定
テープ貼付部位はVA作成部位として多く見られる被験者左前腕の内側とした。皮膚表面の洗浄は、試験板洗浄と同様の酒精綿を用い、一般的な皮膚消毒の方法である中心から円を描くように一度清拭した。その他の手順は、試験板に貼付した場合の測定と同様に行った。
③試験板とヒト皮膚の粘着力比較
同テープ・同角度間で試験板、ヒト皮膚に貼付した場合の粘着力をt検定し、有意差を調べた。
本研究は、本学のヒト倫理審査委員会によって、承認を得ている。(承認番号:20191223-01)

■ 結果

(1)測定結果
同テープにおける各測定方法の粘着力を図1に示す。
平均粘着力は、A、B、C の 90°引きはがしにおいて、それぞれ順に試験板では3.65、1.75、0.62Nであったのに対し、皮膚では 3.32、2.66、1.32 であった。180°引きはがしにおいては差が開き、試験板で3.13、1.77、0.82N、皮膚では0.87、1.00、0.48Nであった。
(2)試験板とヒト皮膚の粘着力比較
試験板とヒト皮膚の粘着力比較では、テープAの90°引きはがしで差を認めなかったが、それ以外はすべて試験板と皮膚の粘着力で差を認めた(p<0.01)。90°引きはがしにおいて、差を認めたB、Cのテープでは皮膚に貼付した場合の粘着力が高値であったのに対し、180°引きはがしではすべてのテープで試験板に貼付した場合の粘着力が高値であった。

図1 同テープ間 各測定法における粘着力比較

■ 考察

結果から多くのパターンで粘着力に有意差がみられたこと、また90°では皮膚の粘着力が高値であり、一方で 180°では試験板の方が高値であったこととして、剝離角度の変化による影響が最も大きいと考える。皮膚に貼付したテープを引きはがす際にはテープとともに皮膚も引っ張られることで変形し、剥離先端の被着体−テープ角度が変化して実際の剥離角度が変わっていると考えられる。剝離角度と粘着力の関係はD.H.Kaelble(文献省略)が、剥離中の粘着テープ湾曲部の応力分布を解析し、その粘着力に関して次式を考案している。

P = 2KPπ(1 − cosω) −1   (1)

ここで P は粘着力、ωは剥離角度、Pπは剝離角度180°におけるテープ粘着力である。K は剝離先端の割裂応力集中係数と呼ばれ、テープ素材・形状と剝離角度に依存する。(1)式より、(1- cosω)-1のみ着目すると、粘着力P は剝離角度180°のとき最も小さくなるが、剝離角度はKにも影響するため、実際には120〜150°で粘着力が低値となるとしている。同氏が行った実験でも幾つかの粘着テープで同様の傾向を得ている。図2 に90°引きはがしにおける皮膚の変形による剝離角度の変化の概念図を示す。今回の結果から、図2 のように皮膚が持ち上がることで実際の剝離角度は、想定する角度よりも浅くなり、180°では120〜150°程度の剥離角度になることで顕著な粘着力の低下が起き、90°では(1)式より粘着力の上昇が起きていると考えられる。そのために90°では皮膚の粘着力が高いのに対し、180°では皮膚の粘着力が低いという反対の傾向が生じたと考えられる。
また、その他のテープの粘着力に影響を及ぼすと考えられる特性として皮膚表面の粗さ、角質層などの残留異物の存在、水分・油分の存在、体温の影響が挙げられる。それらの特性は、相互に影響しながら粘着力に変化を与えているものと考えられる。
本研究から、JIS 規定の測定方法は医療用テープの評価法として不十分といえる。医療用テープにおいては粘着力を変化させる臨床の影響要素に関する評価項目を取り入れることが求められる。

図2 90°引きはがし 剝離角度 概念図
指導教員からのコメント クリニカル イノベーションマネジメント(CIM)研究室教授 鈴木 聡
田代君は臨床工学技士が直接的に扱う内容を卒業研究にしたいという思いが強く、とりわけ血液浄化領域の研究に興味があったので、当時、大学病院と共同で始めようとしていたこのテーマに取り組んでもらいました。臨床の使用条件下ではJISの評価方法を鵜呑みにすると危険であることを見出し、第58回日本人工臓器学会での発表に至りました。これからも臨床で直接役立つことを行い、患者や周囲のスタッフのために貢献して欲しいと思います。
卒業研究学生からの一言 田代 智探
臨床工学科での4年間を通して、知識や技術だけでなく、医療人として必要な心構えや責任について学びました。研究活動では、研究の取り組み方や、得られた結果への考察の仕方など指導していただきながら、問題解決力を培い、研究の達成という喜びを知ることができました。さらに学会で発表する機会をいただくなど、貴重な経験をすることができました。研究を通じて、自身の至らない部分を認識でき、成長のための一歩を踏み出せた気がします。今後も得た経験を生かし、医療に関わる者として責任を持ちながら精進していきたいと思います。