卒業研究のご紹介
2021年版

情報系所属学生

地域連携による防災無線放送の音響的分析

寺嶋 将隆静岡県
情報学部情報メディア学科2021年3月卒業
静岡県立沼津工業高等学校出身

研究の目的

昨今、多発している自然災害の発生時において、いち早く避難行動を行うために、迅速かつ正確な情報提供は不可欠であり、全国の自治体の多くが様々な防災システムの構築を喫緊の課題の1つとしている。厚木市からの避難情報については、屋外に設置されている防災行政無線のほか、室内でも放送内容が確認できる様々な伝達手段が用意されている。
厚木市の防災行政無線は、2021年1月現時点で屋外子局が市に281基あり、その聴こえに関する評価及び、周囲の騒音の影響、ノイズマップの作成、効率的な運用方法等が2019年から地域連携研究の一環として厚木市と神奈川工科大学の共同で検討されている。
2020年の九州豪雨では、“防災無線放送が聴こえず逃げ遅れた”といった報告が地方自治体から多数報告されており、厚木市においても防災無線放送の聴こえの状況の見直しに重点を置く運びとなった。
本稿では、その基礎的検討として、大学周辺の子局の防災無線放送を対象として音響計測及び、厚木市関係者による防災無線放送の音声の聴こえ評価を行ったので報告する。

研究内容や成果等

■ 防災無線の聴こえの評価

厚木市危機管理課の全面協力の下、防災無線放送の音声の聴こえ評価実験が行われた。当初計画された自作の環境評価アプリケーションを用いた市民参加型の音声評価実験はコロナ禍の影響に加えて情報開示など様々な弊害があるため、厚木市関係者による小規模な評価実験から実施されることになった。
(1)対象・方法・手順
実際の防災無線放送の音声の聴こえ評価は、不定期に放送される防災無線放送の音声を対象とした。対象は、厚木市内(16か所)の公民館である。事前に実験方法・趣旨・注意事項などが厚木市危機管理課より説明された後、音声による防災無線放送が放送される10分〜5分前に電話で依頼するというものである。
評価方法は、webによる評価フォームを用いて、音声の理解の程度を0〜100%で公民館毎に回答してもらった。第一回目の評価は2020年10月7日16時5分の放送時に実施した。
(2)結果
Fig.1に公民館毎の防災無線放送の文章の内容の理解度を示す。全16か所の公民館のうち、15か所の回答結果である。全ての公民館も夕刻時に放送される夕焼け小焼けの理解度は100%であるのに対し、音声の理解度は80%以上の公民館は3か所のみであった。厚木市危機管理課によると、防災無線放送の聴こえの確認は夕刻の試験放送を用いることが主で、音声を用いた確認はほとんどしていなかった。この知見から同様の防災無線放送の音声の評価実験を定期的に実施し、今後は音声の理解度について重点を置くことになった。

Fig.1 Auditory evaluation results for administrative radio system

■ 試験用防災無線放送の長期観測

防災無線の聴こえの音声評価と並行して、試験用防災無線放送(夕焼け小焼け)の気象影響や環境騒音の影響を検討するために、荻野子局の1基を対象として長期間の音源の観測を行った。観測は、音源から同心円状に約100〜250mの位置(Fig.2)で10日間ずつ音源はPCMレコーダー(Roland R-07,fs=96kHz, 16bit)で収録し、その他は、風速(HOLDPEAK HP-866B-WM)、天候を観測した。同時に観測者が主観的な聴こえについて聴こえるか否かの2段階で評価した。さらに、環境騒音の計測を地点①、②、⑤の3地点で朝(6:30-7:30)、昼(11:00-12:00)、夕(15:30-16:30)、晩(18:30-19:30)に1週間実施した。
Fig.3に、主観的評価で最も聴こえの評価が高かった地点①と⑦、低評価だった地点②、⑤の30秒間のスペクトログラムを示す。音源からの距離によらず、交通量の多い道路沿いでは聴こえが悪い傾向にあった。2020年12月26日現在までに100日分のデータが得られているが、スペクトログラムの画像データを基に2クラス分類問題による聴こえの識別が可能か否かを行った結果、識別率(accuracy)は60%程度であった。データ数の蓄積や時間データの取り扱いを今後の課題としてAIを用いた聴こえの自動判定も行っていく予定である。

Fig.2 Spectrogram of administrative radio system.

Fig.3 Measurement points and conditions
このような観測結果は、厚木市と神奈川工科大学地域災害ケア研究センター間で定期的に共有され、引き続き防災無線の聴こえの音声評価実験及び、長期観測を行っている。同時に防災無線放送が聴こえにくいエリアの対応を防災無線放送だけでなく、ICTによる相補的な解決策についても模索中である。
指導教員からのコメント 応用音響工学研究室准教授 上田 麻理
防災無線放送の研究は厚木市及び、本学地域連携災害ケアセンターと3年前から実施しているテーマであり、防災無線放送の聴こえは人の命にかかわるとても重要なトピックです。寺嶋君の研究はほぼ100日間毎日、大学近郊の測定点で音響計測及び、気象条件などの計測を行うという、とても骨の折れるものですが頑張って計測を続けました。
一方で防災無線放送の音声評価は厚木市の協力が必須なため、円卓会議の実施など、コミュニケーションの構築も重要となります。特に人とのコミュニケーションが得意な寺嶋君にはとてもマッチした研究テーマだったように感じていますし、自分の卒業研究が(比較的直接的に)人の役に立つという認識がだんだんと芽生えていくのが分かりました。音響解析や学会での発表はとてもとても苦労していましたが、学会発表時はオンラインでしたが沢山のオーディエンスから質問やお褒めの言葉を頂き、笑顔と達成感を得られているのがよくわかりました。本研究は、後輩2名が引き継いで毎日計測を行っています。
卒業研究学生からの一言 寺嶋 将隆
研究活動を始めた当初は、何をどのように研究していけばいいかわからないことが多かったが、研究が進んでいくにつれて目標が明確になり、そこを目指していく過程が楽しく思えるようになった。
研究を進めていくにつれて、新しい知見に触れることが多く、より多くの知識を身につけることができた。
また、研究テーマにもあるように、地域連携での研究活動であったため、大学外での活動もあり、地域の方に応援されたり、話したりすることも多かったので、コミュニケーション力が身についたと感じた。