卒業研究のご紹介
2020年版

化学・バイオ・栄養系所属学生

肥満からの体内代謝異常に対する食品成分の効果

竹内 悠静岡県
大学院応用化学・バイオサイエンス専攻Bコース 博士前期課程 2020年3月修了
(応用バイオ科学部栄養生命科学科※ 2018年3月卒業)
(※現在は健康医療科学部管理栄養学科)
静岡県立富士宮西高等学校出身

研究の目的

肥満は、食べすぎや運動不足によって、細胞に過剰な脂肪が蓄積した状態を指します。この過剰な脂肪蓄積が炎症を誘導することで、2型糖尿病や脂質異常症、高血圧症といった生活習慣病発症の原因になるといわれている。
そこで本研究では、肥満の炎症を抑制することが疾病の発症を防ぐことにつながると考え、炎症を抑制できる食品成分を見出すことを目的とし、細胞実験ならびに動物実験を行い、今回は、ハーブ類やビタミンE同族体に着目をして検討した。
将来、この研究は、抗肥満及び抗炎症の効果を発揮できる食品成分をサプリメントという形で提供し、食品由来という視点で、人々の健康維持及び増進に貢献できると考えている。

研究内容や成果等

■ 第1章:炎症誘導した成熟脂肪細胞に対するハーブ抽出物の効果

マウスの脂肪前駆細胞である3T3-L1細胞とマウスマクロファージ細胞であるRAW264.7細胞との接触共培養系を用いて、パクチー又はバジルの抗炎症効果について検討を行った。パクチー及びバジルは凍結乾燥粉末にした後、80%メタノールを用いて抽出したものをサンプルとした。
なお、ハーブは、ヱスビー食品 (株)より供与していただいた。3T3-L1細胞を2.0×105 cells/wellで播種し、薬剤を用いた分化誘導を10日間行った。その後、各種ハーブ抽出物 (終濃度5μg/mL, 25μg/mL) を添加し、24時間培養を行った。24時間後に予め別で培養しておいたRAW264.7細胞を添加し、12時間共培養を行った。細胞回収後、各種遺伝子発現量及びタンパク質発現量を測定した。その結果、共培養で有意に上昇したIL-6, IL-1β, CCL2の遺伝子発現量は、ハーブ抽出物添加で有意に減少した (図1)。さらに、脂肪細胞の受容体であるCD137の遺伝子発現量をバジル抽出物が有意に減少させた。以上の結果より、パクチー並びにバジル抽出物は、抗炎症効果を持つことが明らかになった。さらに、バジル抽出物の抗炎症効果は、CD137の発現抑制が関与していることが示唆された。
( H.Takeuchi, C.Kiyose et.al. J.Oleo Sci., 69, 487-493, 2020)

図1 Il6の遺伝子発現量
Means±SD, ***:p<0.001

■ 第2章:炎症誘導した成熟脂肪細胞に対するスィートバジルの各分画抽出物の比較検討

第1章の結果より、バジルの80%メタノール抽出物が炎症性関連遺伝子の発現量を抑制することが明らかとなった。そこで、バジルに含まれる抗炎症性成分を特定するために、5つの異なる溶媒を用いたスクリーニングを行った。バジルは、各溶媒 (Milli-Q, メタノール, 酢酸エチル, ジエチルエーテル, ヘキサン) を用いて抽出したものをサンプルとし、第1章と同様の手法で行った。しかし、今回は、3T3-L1細胞の播種を1.0×105cells/wellとし、各バジル抽出物の終濃度は25µg/mLとした。その結果、control群と比較し、共培養群でIL-6、IL-1β、CCL2の遺伝子発現量が有意に増加した。これに対し、IL-6、IL-1βについては、バジルのすべての分画抽出添加群で有意に減少した。一方、CCL2については、メタノール抽出物添加群でのみ有意に減少した (図2)。以上の結果からバジルの抗炎症効果は、比較的極性が高い物質が関与していることが推察された。

図2 Ccl2の遺伝子発現量
Means±SD, **:p<0.01, ***:p<0.001

■ 第3章:炎症誘導した成熟脂肪細胞の脂質代謝に対するハーブ抽出物の効果

肥満は、生体内における脂質代謝の恒常性破綻が起因する。そこで、ハーブ80%メタノール抽出物の脂質代謝への効果について検討を行った。ハーブの終濃度及び実験方法は、第1章と同様の手法で行った。脂質代謝関連遺伝子であるPPARγの遺伝子発現量は、共培養群で有意に減少したが、ハーブ抽出物添加群でさらに有意に減少した(図3)。また、SREBP1及びCPT1の遺伝子発現量も同様の結果となった。以上の結果より、パクチー及びバジル抽出物は、脂質代謝を低下させることが示唆された。

図3 Ppargの遺伝子発現量
Means±SD, *:p<0.05, ***:p<0.001

■ 第4章:成熟脂肪細胞に対するスィートバジル分画抽出物の比較検討

これまでは、炎症誘導した脂肪細胞について検討を行ったが、本章は炎症誘導をしていない脂肪細胞に対してどのような影響があるのか検討を行うことにした。3T3-L1細胞を1.0×105cells/wellで播種し、分化誘導を12日間行った。その後、各種ハーブ抽出物 (終濃度25μg/mL) を添加し、24時間培養を行った。24時間後、無血清培地に交換してさらに12時間培養を行った。その結果、PPARγの遺伝子発現量及びタンパク質発現量は、control群と比較して酢酸エチル抽出物添加群で有意に減少した(図4略)。さらに、PPARγによって制御を受けるSREBP1、Adiponectinも同様な結果となった。以上の結果から、特に酢酸エチル抽出物はPPARγの発現量に強く影響することが明らかとなった。

■ 第5章:高脂肪・高ショ糖食負荷のマウスにおけるスィートバジル粉末摂取の効果

これまでの結果より、バジル抽出物が炎症誘導した脂肪細胞や、脂肪細胞そのものにも影響を与えることを報告した。そこで、in vivoでも同様な効果がみられるかどうかをC57B/6JJclマウスを用いて検討することとした。C57B/6JJclマウス (3週齢)を、標準食を与えたControl (C) 群、高脂肪・高ショ糖食を与えた (H) 群、高脂肪・高ショ糖食にバジル粉末を1% (w/w) 添加した (HB) 群の3群に分け、実験食にて12週間飼育した。実験期間終了後16時間絶食した後にイソフルラン麻酔下で解剖し、脂肪組織中の炎症性サイトカインの遺伝子発現量を測定した。その結果、睾丸周囲脂肪及び腎周囲脂肪平均重量は、C群と比較してH群で有意に増加したが、H群とHB群との間には有意差がなかった。また、副睾丸周囲脂肪中のIL-6、IL-1β、CCL2の遺伝子発現量は、変化はみられなかった。一方で、腎周囲脂肪中のCCL2の遺伝子発現量は、C群と比較してH群で有意に上昇したが、H群と比較してHB群で有意に減少した (図5)。したがって、バジルは肥満に伴う炎症の増大を抑制する可能性が示唆された。

図5 Ccl2の遺伝子発現量
Means±SD, *:p<0.05, ***:p<0.001

■ 総括

以上の結果より、パクチー並びにバジルの抽出物は、脂肪細胞とマクロファージ細胞の共培養による炎症誘導に対して、抗炎症効果を有することが明らかとなった。また、バジルに含まれる成分は、脂肪細胞の脂質代謝にも影響を与え、脂肪細胞を小型化に導く可能性が推察された。さらに、in vivoの結果を合わせると、バジルを摂取し続けることで、脂肪組織における単球の遊走を抑制し、肥満に伴う炎症増大を抑制する可能性が示唆された。
指導教員からのコメント 栄養生化学研究室教授 清瀬 千佳子
本研究はハーブ、特にバジルとパクチーに着目し、肥満や肥満に伴う炎症誘導に対する効果について、培養細胞実験と動物実験の両方で検討を行ったものです。ハーブ類の機能性研究は思っている程進んでおらず、このような結果を得られた事はハーブ類の機能性研究の進歩に少し貢献できたのではないかと思っています。しかし、実際に我々が食する事でこのような効果が得られるかどうかについてはまだまだ研究を行わなくてはなりません。食品としてのそのままの形態で効果が現れるのか、またサプリメントとしての効果を追求するのか、今後の研究結果によると思われます。どのような研究であっても、自分が立てた仮説をどのように証明するか、またそれに向けてどれだけ没頭できるかが勝負です。目標に向けてしっかりと取り組んでください。
修士研究学生からの一言 竹内 悠
大学院の必修科目の1つである「総合プロジェクト」では、自分自身の研究背景を理解するために、自分の研究内容に関わる多くの研究論文を読み、レビューとしてまとめる取り組みを行いました。論文の探し方や、論文の読み方、活かし方という基本的な点を身につけられ、これからどのような視点に着目をして研究を行っていくべきかを考える力を身につけることができました。
研究活動では、思い通りに実験を進めることができずに悔しい思いをしたことが多くありました。しかし、最後まで諦めずに地道に努力を積み重ねるという経験から、忍耐力と問題解決能力を身につけることができました。