卒業研究のご紹介
2020年版

化学・バイオ・栄養系所属学生

下水高度処理に利用可能な還元性物質の実用性評価 −Trichodermaの応用−

大矢 拓実神奈川県
応用バイオ科学部応用バイオ科学科 2020年3月卒業
神奈川県立綾瀬高等学校出身

研究の目的

都市内の中小河川、湖沼及び内湾などの閉鎖性水域においては環境基準の達成率は極めて低い。これらの汚獨負荷の原因は生活排水であることが示唆されている。現在、湖沼及び内湾などの閉鎖性水域では富栄養化が進行しており、アオコや赤潮が発生し今日の大きな社会問題となっている。これらの富栄養化の主な原因物質である窒素とリンを、下廃水中から除去する代表的な方法としてA2O法が挙げられる。この方法において効率的に窒素とリンを除去するには還元剤が必要である。代表的な還元剤としてメタノールや酢酸などの有機物が用いられるがコストが上昇するという問題がある。本実験ではメタノール等に代わる還元剤を、廃棄古紙の原料であるTrichodermaを利用して分解・製造する方法を評価した。

研究内容や成果等

■ 実験方法

(1)Trichodermaの菌体増殖速度測定実験
Trichoderma.spPGPF菌株を0.18㎎、Trichoderma.reeseiNBRC31326を0.19㎎、Trichoderma.reeseiNBRC31327を0.18㎎、Trichoderma reese.NBRC31329を0.19㎎、それぞれ異なるMA培養に塗布し25±2℃(室温)で14日間静置培養した。
(2)還元糖生成量の測定実験
培養したPGPFを14.3㎎、NBRC31326を13.2㎎、NBRC31327を11.5㎎、NBRC31329を10.8㎎、それぞれ異なる溶液(粉砕したトイレットペーパー2g、純水100mLを混合したもの)に懸濁後37℃で静置した。所定時間経過時に溶液を140rpmで5分攪拌後、1.0mL採取し遠心分離(4℃・6000×g・10分間)を行った。その上澄み0.2mLを、DNS法を用いて還元糖の濃度を測定した。

■ 結果

(1)菌体増殖速度
MA培地で増殖させたTrichodermaの菌体増殖速度を表1に示す。
PGPF>NBRC31326>NBRC31327>NBRC31329の順で菌体増殖速度が高いことが分かる。

表1 菌体増殖速度
(2)還元糖生成量
還元糖生成量を図1に示す。11.5日経過後の還元糖生成量は、NBRC31329が最も高く161㎎-還元糖/Trichoderma-㎎であり、PGPF菌株は最も低く70㎎-還元糖/Trichoderma-㎎であった。

■ 考察

(1)コスト面からの実用性検討
今回の実験と同様の14日間の菌体増殖と11.5日間の還元糖製造(紙の分解)を、NBRC31329を用いて行うことを想定すると、実験条件、実験結果及び培地の価格から還元糖1㎏の製造には2048円の培地コストが必要と試算される。還元糖1㎏がBOD成分量0.64㎏に相当するとして計算すると、本法ではBOD成分1㎏の製造に、3200円の培地コストが必要となる。一方、メタノールの場合、BOD成分1㎏あたり、40円程度である。このことからTrichoderma.reeseiNBRC31329を使用した場合には、メタノールの場合と比較して培地だけでも80倍のコストがかかることになる。

図1  還元糖生成量

■ まとめ、今後の予定

Trichodermを用いて還元剤の製造は可能であるが、実用化に至るには菌体増殖に用いる培地コストの削減が必要であり、低栄養条件下での増殖速度増大の検討が必要である。
指導教員からのコメント 水環境工学研究室教授 局 俊明
本研究は、廃棄物である廃棄古紙を用いて、廃液の処理を行うという斬新なアイディアに基づいて行われた果敢なチャレンジと言える。最終的なコスト試算結果では、従来技術の80倍というレベルとなり、現段階での実用性は認められなかった。この原因は、有用菌であるTrichoderma.spの培養のために、いわば“餌”として高価な培地成分が必要なためであり、今後、古紙自体や各種廃液を“餌”として利用することができれば、十分実用化が可能なことを示したという意味で本研究成果は高く評価できる。
卒業研究学生からの一言 大矢 拓実
私は本研究活動を通して「答えのない問題を解く力」を身につけることができました。本研究では、「答えのない問題を解いている」ことから、実験結果の解析には独自の視点で取り組む必要があり、また、この段階で不足データが明らかになる場合もあるので、追加実験を立案、実施する必要がありました。このように実験・解析・考察の繰り返しでした。このような経験から社会に出た際の大きな強みを身につけることができたとともに、本研究分野に関しては「誰にも負けない知識がある」という自信につながりました。