卒業研究のご紹介
2021年版

情報系所属学生

球技の聴覚情報利用に関する基礎的検討

二村 亮平愛知県
大学院情報工学専攻 博士前期課程1年
(情報学部情報メディア学科2021年3月卒業)
愛知県立瀬戸西高等学校出身

研究の目的

プロスポーツ選手には音を競技に活用したいというニーズがあり、元メジャーリーガーのイチロー選手は「打球音は大事な判断材料」、さらに、大谷翔平選手は「音を潜在的に使っている」と述べている。また、声援や歓声は競技者のモチベーション向上や集中力に影響する要素と言われている。これらのことから、競技中に発生する音(聴覚情報)は競技力の向上に欠かせない重要な情報源であると考えられる。
今回は、打球音といった競技中の音やアンビエントサウンドと呼ばれる声援や歓声といった競技音以外の音に関するWebアンケート調査を行った他、打球音の音響解析とバッティングフォームの動作解析を行った。
本研究では、競技中に競技者がベストを尽くせるよう、競技中の発生音が競技者にどのような影響を及ぼしているか?どのような情報を与えるか?どう活用したいか?を数値を用いて定量的に明らかにし、聴覚情報による競技力の向上を目的とした。

研究内容や成果等

■ Webアンケート調査

野球競技における無観客試合の音の臨場感に関するWeb アンケート調査を実施した。
(1)調査概要
質問項目は、A) 個人属性(年齢、性別、音の感受性尺度など)の10問、B) 競技者視点(観客有無の比較(5段階))の14問、C) 観戦者視点(現地観戦、観客がいる遠隔観戦、無観客試合の遠隔観戦の比較(5段階))の19問、D) 試合時の臨場感(攻撃時/守備時の具体的なプレイ(5段階))の37問(攻撃時:21問、守備時:16問)であり、全80問である。回答評価は個人属性を除き、1:そう思わない(気にしない)/5:そう思う(気にする)である。調査時期は2020年11月から12月までである。
(2)調査参加者
対象者は首都圏の野球連盟の1部〜4部に所属する神奈川工科大学を中心とした野球部員男性116名であり、神奈川工科大学96名、東京工業大学20名である。経験年数は18年から57年であり、平均は20年であった。

■ 結果

回答結果に対してOne-sample t-test を行い、中間の値である3に比べ、5%水準で有意に大きい(+)か小さい(−)かを判定した。
(1)競技者視点
Fig.1に競技者視点の回答結果の箱ひげ図(縦軸:5段階評価、横軸:質問項目)を示す。
無観客試合の競技意欲は低く(q.1)、観客無しより有りの方が好ましい(q.2,3)ことが示された。無観客試合では、声援のなさ(q.10)、中継を見ている人たち(q.11)、ホームとアウェイでの盛り上がりの差(q.12)が有意に低かった。しかし、観客の有無によらず、集中力は上がり、ベストが尽くせるとの回答を得た(q.4-9)。
以上より、競技者視点では、無観客試合は望まれず、観客がいる方が好ましいと回答された一方、観客の有無による競技者の試合への意識への影響は大きくないと言える。

Fig.1 Answers to questions about athlete’s point of view
(2)観戦者視点
Fig.2に観戦者視点の回答結果を示す。
観戦意欲に関しては、観客無しでの無観客試合の観戦より、観客有りでの現地観戦・遠隔観戦の方が好ましいことが示された(q.1-3)。
知り合いと観戦する場合は、一人で観戦する場合よりも、3種の観戦方法において、有意に盛り上がるとの回答であった(q.4,6,8)。一方で、不特定多数と観戦する場合は、現地観戦・無観客試合の遠隔観戦では有意に盛り上がるとの一方で、現地に観客のいる試合の場合では有意差は確認できなかった(q.5.7.9)。声援・アナウンスでは、現地観戦でのアナウンス(q.11)、観客の声/声援(q.10)、遠隔観戦での観客の声/声援(q.12)・実況の解説(q.13)ともに有意には気にされなかった。一方で、無観客試合の遠隔観戦の場合、実況の解説(q.14)は有意には気にされなかったが、選手の声(q.15)は有意に気にされた。競技者視点と比較すると、観客者視点でも、無観客試合の観戦は望まれないが、観客の有無による観戦者の影響は大きいといえる。
(3)攻撃時の臨場感
Fig.3に観客がいる試合の攻撃時の各場面に対する臨場感の高さについての回答結果を示す。
−有意差が見られた項目
・内野安打(q.1)、ヒット(q.2)、二塁打(q.3)、盗塁(q.12)といった出塁・進塁時。
・満塁時(q.13)、ホームランすれすれのファール(q.20)、といった得点間際。
・ホームラン(q.5)、タイムリーヒット(q.16)、逆転ホームラン(q.17)、得点時(q.18)、先制得点時(q.19)といった得点時。
臨場感の高さの度合いは、得点時、得点間際、出塁・進塁時の順で高いことが示された。内野ゴロ(q.7)や外野フライ(q.8)、バント(q.9)など得点に直接繋がらないプレイでは有意差は確認されなかったため、得点に繋がるプレイで臨場感が高まると言える。
(4)守備時の臨場感
Fig.4(省略)に観客がいる試合の守備時の各場面に対する臨場感の高さについての回答結果を示す。
−有意差が見られた項目
・内野手・外野手のダイビングキャッチ(q.11,12)、フェンス際のボールをキャッチ(q.13)、外野手からのバックホームで捕殺(q.14)といったファインプレー。
・得点圏にランナーがいるときのアウト(q2)、三振(q.5)、盗塁阻止(q.8)、二重殺(q.9)といった頻発するプレイ。
・得点圏にランナーがいるときの暴投(q.4)、投手交代(q.7)といった失策時。
臨場感の高さの度合いは、ファインプレーでのアウト、頻発するプレイ、失策時の順で高いことが示された。失点時の失策時(q.16)では有意差は確認されなかったため、稀に見られるファインプレーで臨場感が高まると言える。

Fig.2 Answers to questions about spectator’s point of view

Fig.3 Answers to questions about attack experience

■ おわりに

本研究では、野球を対象とした無観客試合の観客の有無による聴覚情報の利用状況に関するWebアンケート調査を実施した。その結果、無観客試合は未だ馴染んでおらず競技・観戦意欲ともに低いことが客観的に確認できた。
さらに、観客有りでの試合では、臨場感がより高く評価される点が確認できた。
今後は、無観客試合を配慮した音響的学的検討も進める予定である。
指導教員からのコメント 応用音響工学研究室准教授 上田 麻理
二村君は、二転三転しましたが現在は大学院で頑張っています。20年度当初の計画では、野球の打球音の計測や解析を中心に実施する予定でしたがコロナの影響を受けて、実施内容を大幅に変更し、まずは球技を対象とした聴覚情報の利用方法に関するwebアンケート調査から始めました。50問以上の質問項目の設定、及び100名以上のデータの統計解析を行いました。仮説を設定していましたが、実際に競技者から得られた回答は予想外のことも多くあり、我々研究グループにとっても学びのある調査となりました。二村君は統計の勉強にも尽力しました。二度の学会発表を行いましたが、一度目は上手く質問に答えられず、悔しかったようでした。半年後の二度目の発表では「よっしゃ」という声がでるほど上手くいったようです。先にも述べましたが二村君は現在大学院でスポーツと音に関する研究を継続しています。実験の設計、学会発表までのスケジュール管理も自身で行うなど成長を感じています。また、学部生時代の研究成果は、きちんと誠実に確実に実施したこともあり、2本の論文化に向けて論文を執筆しています。それに彼はおしゃれが好きで、後輩の面倒見もよい愛嬌のある学生です。おしゃれも楽しみつつ、様々な経験をして研究も頑張ってください。
修士研究学生からの一言 二村 亮平
私は情報分野に関する知識が乏しかったのですが、1年次で基礎的な知識を、2、3年次では専門的な知識を身につけることができ、満足した学生生活を過ごすことができました。4年次には研究室に配属され、学会発表を経験しました。研究活動では、担当教員や共同研究者の方による丁寧なご指導をいただきました。研究に関する専門的な知識はもちろんのこと、社会人として必要なビジネスマナーを学び、人間としてもレベルアップできる環境であると身をもって感じ、それを確信しております。本学での活動を活かして、これからの人生を歩んでいきたいと思います。