卒業研究のご紹介
2022年版

電気電子系所属学生

可変波長フィルタのためのNb2O5を用いた細線リング共振器の基礎研究

中田 竜輔東京都
大学院電気電子工学専攻 博士前期課程
2022年3月修了
(工学部電気電子情報工学科2020年3月卒業)
東京都立総合工科高等学校出身

研究の目的

近年、スマートフォンやIoTなどの普及により通信トラフィックが急増しています。これらの需要に対応するため、光通信ネットワークの高速・大容量化の実現が求められています。キーデバイスの一つである波長フィルタは、特定の光の波長を分ける事ができ、このような素子の集積化や低消費電力化が求められています。本研究室では、光導波路形の光フィルタと大きな屈折率変化を持つ液晶を組み合わせた研究を行ってきました。私の研究では、素子サイズがum程度なリング共振器構造を用いた可変波長フィルタの実現を目指して研究を行いました。

研究内容や成果等

■ リング共振器と製作プロセス

リング共振器の構造図を図1に示します。リング共振器は直線導波路とリング導波路から形成されています。Inputから光を入射すると光はリング導波路と結合し、いくらかの光がリング導波路に入射します。リング導波路に入射された光は、リング導波路内を周回すると光路差により位相が変わることにより、直線導波路とリング導波路の光が結合する際に、リング共振器に入射された光の波長が打ち消され周期的に共振ピークが現れます。

図1 リング共振器の構造図
素子の製作プロセスを図2に示します。始めに、熱酸化シリコン基板に、光導波路のコア層となる五酸化ニオブ(Nb2O5)を成膜します。その後、レジストを塗布し、細かいパターニングが可能な電子線描画装置を用いて、導波路のパターニングを行います。金属のクロムを蒸着し、余分なクロムを薬品を用いて取り除きます。RIE 装置を用いてドライエッチングを行い、Nb2O5を導波路のパターン通りに削ります。最後に、クロムを薬品を用いて取り除くことにより、導波路を形成します。

図 2 製作プロセス

■ 半径 30[μm]のリング共振器

導波路幅を 1[μm]として、半径30[μm]のリング共振器を製作し、波長透過率測定を行いました。実際に製作したリング共振器の SEM 画像を図3、波長透過率特性を図4に示します。測定は上部クラッドをAirの状態で行い、基板の長さは17.1[mm]でした。直線導波路とリング共振器の間のGapが300[nm]で、ThroughとDropの両ポートの波長特性においてリング共振器の特徴である周期的に鋭い共振ピークを持つ共振波長特性を得られました。Gapが300[nm]において、共振周波数間隔がThroughが5.4 [nm]、dropが5.1[nm]でした。ThroughとDropの差が0.3[nm]でほぼ同じであることからリング共振器の特性が得られたと考えられます。

図3 リング共振器のSEM画像

図4 波長透過率特性

■ 半径5[μm]のリング共振器

さらなる素子の小型化を目指して、導波路幅を600[nm]として、半径5[μm]のリング共振器を製作し、波長透過率測定を行いました。測定は上部クラッドを Air の状態で行い、基盤の長さは11.3[mm]でした。Gapが250[nm]の時の波長透過率特性を図5に示します。Gapが250[nm]の時に、Throughで周期的な落ち込みを確認することができました。Throughでの共振周波数間隔は30.4[nm]でした。Dropでの波長特性が得られなかったので、有限差分時間領域法を用いて解析を行いました。解析による理論波長特性を図6に示します。理論波長特性の共振周波数間隔は30.5[nm]でした。実際の素子の測定結果と解析結果の共振周波数間隔がほぼ同じであることから、半径5[μm]のリング共振器でリング共振器の共振特性を得られたと考えられます。

図5 波長透過率測定結果

図6 理論波長特性

■ まとめと課題

Nb2O5を用いたFLC装荷導波路形リング共振器の提案を行いました。リング共振器の設計を行い、解析により理論波長特性を明らかにしました。そして、素子製作を行い、半径30[μm]・半径5[μm]のリング共振器で共振特性を得ることができました。今後の課題として、波長特性の向上と、リング共振器に液晶を装荷し波長フィルタの動作実証を行う事が挙げられます。
指導教員からのコメント 光機能デバイス研究室教授 中津原 克己
中田君に修士の研究で取り組んでもらった細線リング共振器は、通信ネットワークの中で波長多重された光信号から波長を選択する機能を実現するものです。5G、次世代のBeyond 5Gと進展を続ける通信ネットワークの中で、光信号を高密度に波長多重したり、多重化された光の中から選択して分離したりする波長フィルタは非常に重要です。リング共振器は光を環状の導波路の中で周回させることで、共振する波長の光信号を選択することができます。中田君が理論解析をもとに設計したリング導波路は、600nmという非常に幅の狭い導波路により、小型で集積化に非常に有利です。さらに中田君は、シミュレーションだけでなく、電子線描画装置やドライエッチング装置など本学の研究設備を駆使して、素子の製作に取り組み、製作した細線リング共振器を用いて共振特性を得ることができました。修士課程修了後、通信系の会社に就職する中田君には、研究室で培った経験を活かして、活躍してくれることを期待しています。
修士研究学生からの一言 中田 竜輔

研究活動を振り返り成長したこと

私は、研究活動を通じて問題解決能力が身についたと感じています。研究では、クリーンルームという特殊な環境で、様々な半導体製造装置を用いて研究を行います。学部時代は、装置の使い方などを覚えることで精一杯でした。修士ではデバイスの製作から測定・解析を通じて、どのようにすればより良い特性が得られるかを考えたり、先生や客員研究員の方などと議論しながら日々研究を行うことで問題解決能力を養えることができたと思います。