卒業研究のご紹介
2021年版

医療技術・栄養系所属学生

n-back課題における前頭前野賦活とテストステロンの関係

安西 凌真神奈川県
健康医療科学部臨床工学科2021年3月卒業
神奈川県立大和南高等学校出身

研究の目的

従来から知能あるいは認知能力に関する研究の中で、個人差や性差は重要なテーマであった。一般的に言語能力や連合記憶は女性が優れており、反対に数学や論理、空間認識は男性の方が優れていることが示されている。図1のように、指示された課題を持続的に処理するN-back課題遂行中では、前頭前野領域の脳血流が増加することが報告されており、一般的に前頭前野領域の脳血流量は認知機能を評価する指標とされている。また、認知機能に影響を及ぼす因子として、性ホルモンや鬱気分等があり、性ホルモンと脳血流の関係は未だに論じられていない。本研究は、性差による認知機能の差は分泌されるホルモン量にあると仮説を立て、代表とするホルモンとして男性・女性の両方が有するテストステロンの分泌量とNIRSを用いてN-back課題遂行中の前頭前野での脳血流の賦活を評価し、認知機能における性差と性ホルモンの関係を明らかにすることを目的とした。

図1 認知機能・脳血流等の関係

研究内容や成果等

■ 方法

(1)被験者及び使用機器
被験者は20歳〜25歳の女子大学生10名、男性大学生3名、男性臨床工学技士3名の計16名とした。
本研究に使用した物品を表1に示す。

表1 使用物品
(2)実験方法
(2-1)唾液の採取
唾液中への夾雑物の混入、唾液の希釈の抑制する為、採取前から12時間の飲酒、1時間の飲食の禁止を指示した。唾液の採取方法は唾液試料採取器具(Saliva Collection Aid,Salimetrics社)を用いて流涎法によって採取した。また、採取した唾液は素早く凍結し、 Enzyme Immunoassay法にて外注検査した。
(2-2) NIRS
NIRSは生体透過性の高い近赤外線領域の光を用いて前頭前野の脳活動を血行動態の変化としてとらえることができ、脳皮質領域のoxyhemoglobinとdeoxyhemoglobinのヘモグロビン濃度変化とその酸素化状態を無侵襲かつ低拘束で測定することができる。
(2-3)測定方法
被験者の額にNIRSを装着し、ディスプレイに練習用N-back課題を提示し練習を行った後、実験用 N-back課題をディスプレイに提示し回答データとNIRSによる脳血流を測定した。また、被験者の体動の有無の確認を行う為にビデオカメラで撮影した。
本研究は、神奈川工科大学ヒト倫理審査委員会により、承認されている。(承認番号20191223-30)
(3)分析 
前頭前野領域を3つに分け、ch1-4(右側)、ch7-10(中央)、ch13-16(左側)の初期賦活を算出する。その後、テストステロン濃度と初期賦活の関係を検討する為に条件を男女混合・男性・女性・テストステロン濃度の中央値[121.05mg/ng ]以上の群に分け、テストステロン濃度と各課題遂行時の3つの前頭前野領域の初期賦活の関係をスピアマンの順位相関係数で求めた。

■ 結果

(1)各領域での初期賦活の測定結果
被験者全体では、全ての課題に共通してch1−4(右側 前頭前野)の初期賦活が負に傾く傾向であり、男性全員が0-Back課題遂行時でのch13-16(左側前頭前野)の初期賦活は正に傾いた。また、男性は女性に比べ初期賦活が正に傾き、女性は負に傾く傾向があった。
(2)テストステロンと初期賦活との関係
算出された各前頭前野領域の初期賦活とテストステロン濃度との検定結果を表2に示す。0-Back課題時、男女混合では左前頭前野、男性のみでは中央・左前頭前野、テストステロン濃度が中央値以上で前頭前野の中央で有意性が得られた。1-Back課題時では男性のみが左前頭前野での有意性が見られた。また、女性のみと全ての群の2-Back課題時では、相関が得られなかった。
(3) N-back 課題の正答率
N-back 課題の各正答率を表3 に示す。表 3 より、N-back課題は課題難易度が高くなるにつれて正答率が 減少していることが分かった。また1-back 課題を除き 女性の正答率が約5%高かった。

表2 テストステロン濃度と初期賦活の関係

表3 N-back 課題の正答率 (%)

■ 考察

検討結果より、0-Back課題時に左側前頭前野で脳血流が活性化している点について、斎藤ら(文献省略)がMRIを用いてN-back課題遂行時の脳活動の検討を行った際に、正答率の高いN-back課題遂行時の賦活について、左前頭前野腹外側部の活動がより強くみられたと報告されている。本研究も同様に、各課題の中で正答率が高い0-Back課題において左前頭前野の脳血流が賦活している。しかし、0-Back課題時、男性は女性よりも初期賦活が大きく前頭前野が活性しているが、女性の方が1-back課題を除いて正答率が高い。その為、前頭前野 の賦活に起因したものではなく、性差による脳構造・ 機能の差によるものだと考えられる。上記より、前頭前野が賦活する因子であるテストステロン濃度も同様にN-back課題の正答率に起因しないと考えられる。
このことから、テストステロン濃度が高い人ほど、正答率が高い課題を遂行中に中央・左前頭前野がより賦活する傾向を示した。
指導教員からのコメント クリニカル イノベーションマネジメント(CIM)研究室教授 鈴木 聡
本研究室では他学科と共同で推進する研究テーマもあり母性看護領域から派生した研究として、女性性周期が認知機能に影響するという既往研究から、脳血流との関係を明らかにする取り組みを行っていたところ、安西君が興味を持ってくれました。次第に実験を任せられる程になり、その後安西君は「女性でもテストステロンを調べるべき」という発想を持ち、さらに男性も被験者に加え卒業研究としました。豊かな創造力が良い卒業研究に繋がると思います。これを武器に臨床でも活躍して欲しいです。
卒業研究学生からの一言 安西 凌真
週に1〜2回ゼミを行い、修正点や今後の課題を明確にご指導してくださり、円滑に作業を遂行する為に必要なノウハウを学ぶことができました。また、担当教員や先輩方に恵まれ、私のために真摯にご指導してくださり、人としても成長できたと強く実感しています。本研究室で学んだこと、研究に着手できたことを誇りに思い、恩返しとなるよう今後は医療従事者として社会に貢献していきたいと思っております。