卒業研究のご紹介
2022年版

機械・自動車・ロボット系所属学生

小型不整地走行車両の開発

舟岡 智哉神奈川県
大学院機械システム工学専攻 博士前期課程
2022年3月修了
(創造工学部自動車システム開発工学科2020年3月卒業)
神奈川県 横浜商科大学高等学校出身

研究の目的

大規模な自然災害が増える中、災害対策支援を行うための悪路や不整地を走行可能な車両が求められている。本研究の目的は、災害対策支援に使用可能な、小型の不整地走行車両の開発である。開発では、比較的容易に異種金属を接合するなど大規模な設備が無くとも製作が可能な構造、泥濘地などの悪路を走行できるサスペンション装置、登坂や乗り越し性能向上を目的とした電動化を反映した車両構築を行った。結果として、同車両の設計と製作のプロセス構築と、悪路走破性能、酷暑時における電動化の課題などを明らかにできた。

研究内容や成果等

■ 車両概要

(1)開発する車両について

基本方針として、開発する車両はBaja SAE rulesに準拠させる。Baja SAEは、不整地を走行するための小型ATVを開発する学生のものづくり競技であり、本研究で開発する車両と目的が合致する。発祥国の米国大会における上位車両をベンチマークし、目標性能などを検討した。

(2)車両構成とベンチマーク

車両は、一人乗りの小型バギーとし、サスペンションは不整地を走行するために長いストロークを持たせる。また、駆動輪の輪荷重を増すために、エンジンや変速機などの比較的重量物は、車両後方に配置する。車両の諸元目標を定めるべく米国で開催される大会の上位3台の諸値のベンチマークを行った結果、ホイルベースは1500~1650mm、トレッド1350~1420mm、グランドクリアランス280~350mmの値であり、これらを指標として設計する。

(3)開発する車両の概観

ベンチマークで定めた指標から、開発する車両の設計を行い、ホイルベースを1650mm、前後トレッドを1570mmに設定し、全長を2230mmと定めた。

Fig.1 Outside View of Small Size ATV

■ 車体(フレーム)設計

(1)車体(フレーム)の設計要件

Baja SAE Rulesでは、主として安全確保を目的に、車体の各部形状・構造、寸法が委細に定められている。万が一の横転事故時にロールケージの変形を抑止するためのブレスの配置は、ブレスを前方か、後方かの二種類の配置からの選択が義務付けられている。エンジンなどの重量物を後方に配置しているため、ブレスを後方に配置する方式を選択した。

(2)設計したフレームの解析

Baja SAE Rulesで決められた構造と寸法を基に、設計したフレームをCAE解析によって解析し、衝突時の安全性を確認した。Fig.2にフレーム解析結果を示す。解析検討において車両質量は、250kg~300kgとする。印加する荷重条件は、文献より、前方衝突・後方衝突・側面衝突・横転時に4Gとする。結果、変位量が最大になるのは、43.9mmである。

Fig.2 Analysis Result of Frame

(3)フレームの製作

設計したフレームを製作する際に、製作工程と後方についての検討を行った。設計したフレームは空間容積が大きく、フレーム全体を冶具で固定する製作方法は現実的ではないと判断した。比較的製作が容易なフレーム後方部分を基準に、メインフープへと移行するように製作工程を構築し、冶具を使用せずにフレームを製作することができた。

■ サスペンション設計

(1)サスペンションの設計要件

Baja SAE Rulesでは、車両の全長、全幅に関する規定と、車輪数に関する規定があるが、サスペンションの形式や、ストローク量、最低地上高は自由であるため、サスペンションはベンチマークによって決定したトレッド、ホイルベース、最低地上高を参考に設計していく。

(2)サスペンション全体の構想

サスペンション全体の大まかな形状について検討する。フロントサスペンションは、操舵機構が必要になり上下二点による指示が必要になる。加えて、リンク機構を使用したサスペンションは、フリクションによって作動しない場合がある。よって、リンク機構を使わず、アーム内にショックアブソーバーを配置するダブルウィッシュボーン形式で検討する。

(3)フロントサスペンションの設計・製作

フロントサスペンションのアーム長さや配置に関しては、使用するATV用タイヤ、ホイールのサイズから、地上高280mmとトレッド距離1350mmを達成するために決定した。地上高を高く設定するにあたり、ピボット間距離は370mmとなった。アームの上下配置角度については、ストローク量の多いサスペンションでは、上下動によるキャンバー角変化量が大きくなると考え、並行配置としている。完成したフロントサスペンションをFig.4に示す。

Fig.4 Front Suspension

(4)リアサスペンションの設計・製作

リアサスペンションを設計するにあたり、トレーリングアームの長さを可能な限り長くし、最低地上高の確保とストローク量の増加を目標にした。一方で、フロントサスペンションとの兼ね合いからアーム長さは制約を受ける。加えて、後輪は駆動輪であることから、ドライブシャフトジョイント部の揺動角にも制約される。これらの制約条件を加味した上で具体設計を行った。最低地上高280mm を確保でき、使用するドライブシャフトの許容角20度以内に収まるようにし、トレーリングアーム長は580mm、ラテラルロッドの長さは360mmとした。完成したリアサスペンションをFig.5に示す。

Fig.5 Rear Suspension

■ パワートレーン設計

(1)パワートレーンの設計要件

設計上で、Baja SAE rulesを参照する。同規則では使用するエンジンが指定され、全てのBaja SAEの大会に出場する車両に用いられており、十分な動力性能を有すると判断し、これを採用した。このエンジン使用を前提に、変速機など駆動系の検討を行う。

(2)必要駆動力と減速比の検討

目標とする駆動力を検討し、Baja SAEの大会に出場している車両の調査を行い、多くの出場校は登坂勾配の目標を20度に設定していたため、この数値を検討目標にした。走行抵抗は、勾配抵抗、転がり抵抗、空気抵抗、加速抵抗の合算値である。仮計算した車両重量などから走行抵抗を計算した結果、1691Nの走行抵抗が求められた。この数値を上回る駆動力を発揮し、ベンチマークから得られた目標最大速度の60km/hを達成する減速比を求め、最小減速比6.33と最大減速比29.3が得られ、これらを満足する減速機を検討する。

(3)減速機構の検討

算出した減速比より、減速機の具体検討を行う。減速機構は、動力をタイヤに伝達し、エンジン回転数を必要に応じて変速する必要がある。変速機を新たに設計・製作を行うことは困難であるため、市販の部品・要素を選択、組み合わせて使用した。Baja SAE出場校の車両を調査した結果、CVTech社かポラリス社の無段変速機CVTが多く採用されており、これらを比較検討した。採用したCVTは段間比が6であり、目標とした段間比を満足する。これで一次減速は決定された。二次減速についてはDnahar社がゴルフカートなどの用途に販売している差動装置を含む減速機を採用することにした。

■ 結論

本研究では、悪路走行を目的とした小型ATVの開発を行い、以下の成果が得られた。
①Baja SAE大会成績上位校の車両を調査し、各諸元や仕様を吟味しながら車両のコンセプトを決定し、各部位を詳細設計する上で指標となる3次元のCADモデルを作成できた。
②Baja SAE rulesの主に車体に関する安全要件に準拠する形で設計を行い、CAE解析を行い、乗員の安全を確保できることを示した。また、治具を用いず鋼管バードゲージタイプの車体構造を溶接製作する工夫をするなどして車体を完成させた。
③悪路を走破するに十分なグランドクリアランスとストローク量を確保したサスペンション装置を設計し、これを具体とした。
④Baja SAE rules指定エンジンを適用する形で悪路走行時に想定される最大登坂力と最高速度を満足できるパワートレーンを構築し、これを具体とした。
⑤サスペンション装置を構成するブラケット部品について、従来の溶接工法とは異なる焼嵌め効果を用いた構造を開発し、車両に適用した。
⑥電動車両を用いた長時間走行実験から、酷暑時における電力消費量や発熱量を確認し、小型ATVを電動化した際に起こりうる課題を示した。
指導教員からのコメント モータースポーツ工学研究室准教授 岡崎 昭仁
舟岡さんの尽力でようやく小型ATVが製作できた、形になった、感謝ですね。根気強く自動車を作り込むのは大変です。加えて、モノづくりを修士論文にすることも大変なのに何度も何度も議論してストーリーを作り、こちらも根気強く執筆を続けました。そうですね、最初、ゼミに配属されたときに、『自動車を作りたい』と話してくれたことを覚えています。見事、完成した小型ATVは悪路を走破することができました。これから研究室では迷うことなく車を作っていくことにしました。引き続き、電動カートのレースを一緒に楽しんでいきましょう。
修士研究学生からの一言 舟岡 智哉

研究活動を振り返り成長したこと

研究活動を通じて、車両を設計、製作することの難しさを改めて痛感しました。開発した車両は、非常に多くの方々のご協力によって実現に至りました。また、部品の製作方法などについて助言をいただき、貴重な知識、経験を得ることができました。研究を通じてコミュニケーションの重要さに気づかされたことが、大きな成長であると思います。

未来の卒研生(高校生)へのメッセージ

自動車システム開発工学科では、車の設計、製作を実践できる機会があります。車を製作することは非常に大変ですが、完成した車が実際に走る光景は、他では得られない達成感があります。車、ものづくりに興味がある方は、入学を検討してみてください。