卒業研究のご紹介
2022年版

化学・バイオ系所属学生

線虫の孵化の仕組みの解明

梅原 眞人静岡県
応用バイオ科学部応用バイオ科学科
2022年3月卒業
静岡県立田方農業高等学校出身

研究の目的

孵化とは、十分に発育した胚や幼生が、卵殻や卵膜を破り外界に出るもので、動物が誕生するうえで普遍的で神秘的な現象である。また、孵化に失敗すると胚や幼生は死んでしまうため、その仕組みを明らかにすることは重要である。孵化の仕組みは、様々な生物で研究されており、鳥のヒナが物理的に卵殻を壊して孵化する方法や、ウニの胚が孵化酵素を出し、卵膜を溶かして化学的に孵化する方法が知られている。しかし、線虫 Caenorhabditis elegans (以下、C. elegans) では孵化の仕組みはまだ解明されていない。本研究では、C. elegans の孵化の仕組みを明らかにするために、幼生がどのように卵殻を破壊するのかに着目した。

研究内容や成果等

■ 実験方法

1 孵化までの時間測定

幼生が孵化する瞬間を観察するために、孵化までの時間を調べた。実体顕微鏡を使用し、線虫から取り出した初期胚を専用のスライドガラス上に 1 つずつ分け、 20℃の温度条件下で生育して、時間を測りながら孵化するまで観察を行った。

2 孵化瞬間の観察

幼生が孵化する様子を観察するために、顕微鏡にデジタルカメラをセットし、孵化をする瞬間の動画撮影を行った。

3 卵殻形状の観察

卵殻が破壊される様子を調べるために、孵化の前後で卵殻の形状がどのように変化するのかを調べた。蛍光物質を用いて卵殻のみを光らせて、レーザー走査型共焦点顕微鏡 (図 1) を用いて観察を行った。

図1 レーザー走査型共焦点顕微鏡

4 孵化穴の角度算出

孵化する位置に傾向があるのか調べるために、孵化穴の角度を測定した。画像解析ソフト ImageJ を使用し、孵化の際に開いた孵化穴の端と端を結んで孵化穴の中点を求め、楕円でフィッティングし、楕円の長軸と、楕円の中心から孵化穴の中点を結んだ直線との間の角度を求めた。(図2)

図2 孵化穴の角度算出方法

5 A-P軸と孵化傾向

2細胞期に将来幼生の頭側になるAB細胞(Anterior側)と幼生の尾側になるP1細胞(Posterior 側)が決定し、胚の A-P 軸を形成する。胚をディッシュ上に固定して2細胞期のA-P軸の向きを調べ、同じ幼生がAとPのどちら側から卵殻を破って孵化するのかを調べた。
 

6 CPG層の蛍光観察

C. elegans の卵殻は多層構造になっており、CPG (Chondroitin proteoglycan) 層は最も内側にある。CPG層を構成しているCPG-1やCPG-2といったタンパク質の局在が、A側とP側で違いがあるのか、孵化前にどう変化するのかを調べた。それぞれの遺伝子がmCherryという蛍光タンパク質で標識された遺伝子改変線虫を使用し、2細胞期と孵化直前の蛍光の様子を比較した。

■ 実験結果

1 孵化までの時間測定

55 個の胚で時間測定を行った結果、20℃の温度条件下では、受精から孵化までに 16~17 時間程度かかることが分かった。

2 孵化瞬間の観察

孵化をする瞬間を撮影し観察した結果、線虫は卵殻を出るまで卵殻内で動き回っていることが分かった。観察をする前日は、頭から卵殻を破ることを想定していたが、孵化をする際に、頭だけでなく、体や尾といった体の様々な部分から卵殻を破ることが分かった。その際、曲率が大きい卵殻の端の方から孵化していることも確認した。

3 卵殻形状の観察

卵殻のイメージングを行なった結果、線虫が動き始めの卵殻は、受精直後と変わらない綺麗な卵形を保っていたが、孵化直前や孵化瞬間では、卵殻が波打っている様子を確認することができた。そのため、孵化の前になると卵殻が軟らかくなることが考えられる。 (図 3)

図3 卵殻の形状観察

4 孵化穴の角度算出

孵化穴の角度算出を行った結果、45°以上では孵化が見られず、0~15°といった卵殻の端の方から多く孵化していることが確認でき、観察の際に得られた結果と一貫性のある結果となった。

5 A-P軸と孵化傾向

25個の胚で孵化傾向を調べた結果、22個 (88%) が A側から孵化し、3個(12%)が P 側から孵化し、A側から多く孵化するという結果が得られた。ランダムに孵化することを予想していたが、意外なことに偏りがあることが分かった。

6 CPG層の蛍光観察

CPG-1、CPG-2共に2細胞期よりも孵化直前の方が蛍光が強くなるという結果になった。また、どちらも孵化直前では、卵殻内や線虫の消化管内部に蛍光が見られた。

■ 考察

CPG層の蛍光観察で孵化直前に、卵殻内や線虫の消化管内部に蛍光が見られたことから、線虫が孵化酵素でCPG層を溶かし、それを線虫が口にした可能性が考えられる。もしくは、線虫が卵殻内で動き回ることで、CPG層を削り、削ったものを口にしたことが考えられる。この結果から、C. elegansの孵化は、孵化酵素と物理的破壊を組み合わせたハイブリッドな方法を用いていると考えられる。

■ まとめ

孵化をする際、A側から多く孵化することが分かった。また、体の様々な部位を使用し孵化をすることが分かり、その際、卵殻の端の方から孵化するということも分かった(図4)。A側から多く孵化する理由は明らかにできなかったが、C. elegans の孵化の仕組みの一端を解明することができた。

図4 卵殻を破壊する方法
指導教員からのコメント 細胞力学研究室助教 山本 一徳
当研究室から卒業生を出すのは、今年度が初めてでした。梅原さんには、私が以前から興味を持っていた、線虫が孵化する様子について調べてもらいました。線虫の卵はおよそ50マイクロメートルと、1mmの二十分の一の大きさなので、取り扱うには慎重さと根気が必要になります。孵化の際に殻をどのように破るのかを詳細に観察し、実験を行う前は予想もしていなかった興味深い結果が得られました。さらに、撮影した画像を解析して、定量的な情報を取り出し、それをグラフにして人に伝える、という科学においてとても大切な過程に真摯に取り組んでくれました。梅原さんの成果を元にして、ミクロな生物の破壊現象という観点から、何か普遍的なことを発見できればと考えています。
卒業研究学生からの一言 梅原 眞人

研究活動を振り返り成長したこと

研究活動を通して、時間管理について学ぶことができました。生物を相手に行う実験であったため、時間がシビアなことが多く苦戦しました。しかし、実験を何度も行うことによって、自分自身で予定を立て行動ができるようになり、時間管理をする意識が鍛えられました。また、求めていた実験結果が得られなかった時、何度も同じ実験を繰り返し行ったことで、粘り強さを身につけることができ、自分自身の成長を感じました。今までにない経験を数多く重ねられ、良い研究活動であったと感じています。