卒業研究のご紹介
2021年版

化学・バイオ系所属学生

ナノ粒子分散液の膜ろ過現象のモデル化とファウリング抑制条件下におけるサイズ分離特性

石井 裕人神奈川県
大学院応用化学・バイオサイエンス専攻Bコース 博士前期課程2021年3月修了
(応用バイオ科学部応用バイオ科学科2019年3月卒業)
神奈川県立海老名高等学校出身

研究の目的

ナノテクノロジーの発展によって化粧品や塗料、医薬品などの高機能化が行われています。ナノ粒子の合成後の精製工程や処理において分離・回収や粗大粒子の除去を効率的に行える分級(サイズ分離)技術として膜ろ過法が期待されています。ろ過膜の分離性能は粒子径と細孔径のサイズ比に基づいたふるい効果により決まるとされていますが、実際にはろ過条件と表面物性によって大きく変化します。また、粒子の分散・凝集性および膜への付着性によって生じる細孔目詰まりに伴う性能の低下(ファウリング)が課題です。ナノ粒子のサイズ分離技術は、これら複雑な現象の定量的な評価をもとに、ファウリング抑制と同時に高いナノ粒子透過性を達成することで確立できると考えます。本研究では、ナノ粒子分散液の膜ろ過におけるファウリング発生現象をモデル化して、サイズ分離特性を明らかにすることを目的としました。

研究内容や成果等

■ 実験方法

(1)粒子と膜
粒子は公称粒子径40nmのポリメチルメタクリレート粒子(日本触媒社製)と公称粒子径500nmのシリカ粒子(日本触媒社製)を利用した。分散性向上のためシリカ粒子は表面にPMSi91(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと2-メタクリロイルオキシプロピルトリエトキシシランの共重合体)を処理したものを利用した。膜は公称細孔径10または200nmの直円筒状細孔を持つトラックエッチドポリカーボネート膜(Nuclepore社製)を利用した。粒度分布はELS-8000(大塚電子社製)、ゼータ電位はZetasizer Nano ZSP(Malvern社製)で測定した。
(2)定圧デッドエンドろ過
撹拌セル(Millipore社製Amicon8200、有効膜面積28.7cm2)を使用した定圧ろ過実験により、操作圧力、撹拌回転数、粒子体積分率、電解質濃度が透過流束Jvと見かけの阻止率Robsに及ぼす影響を検討した。供給液は、粒子分散液の原液を粒子体積分率基準で10-5〜10-1になるように純水で希釈し、KClを添加して調製した。粒子体積分率は全有機体炭素計により測定した。水温は25℃とした。なお、ファウリングによる性能変化は、Jvを操作圧力で除した透過係数Lpと未使用時の純水透過係数Lp0の比で評価した。

■ 結果および考察

(1)ナノ粒子分散液のろ過現象のモデル化
まず、KClを添加しない系において撹拌の有無の影響を検討した。撹拌無しではファウリングが発生したが、十分に撹拌を行った場合ではファウリングが抑制された。そこで、ファウリングに対する膜面の粒子体積分率Cmの影響を以下の濃度分極式を利用して定量的に評価した。

 Cm=Cp+(Cb-Cp)exp(Jv  k) (1)

ここで、Cpは透過液粒子体積分率、Cbは供給液粒子体積分率である。kは物質移動係数であり、以下では実験より求めたk=1.5×10-5ms-1(撹拌速度500rpm)を用いた。次に、異なるCbにおいて、経時的に操作圧力を変化させてJvを測定し、ファウリングに転じるCm(以下Cm-f)を測定した。このCm-fをペクレ数Peで整理した結果をFig.1に示す。粒子の移流と拡散を表すPeは以下の式で算出した。

 Pe=urs/D(2)

ここで、uは細孔1つあたりの流速、rsは粒子半径、Dは拡散係数である。Dはアインシュタイン・ストークスの式より求めた。また、膜-粒子間相互作用のエネルギー障壁の極大値Vt-maxはDLVO理論より算出した。膜のゼータ電位-25mV、粒子のゼータ電位-40mV、Hamaker定数1.0×10-20Jとした。Vt-maxが9.6×10-20J()では、細孔径によらずCmが0.17を超えるとファウリングの発生が確認された。Pe数に依存しないことからこの現象は、膜表面近傍に依存する粒子数の増加により凝集体が形成したためと考えられる。Fig.1中のは,細孔径200nmを用いた結果である。KClの添加によりVt-maxを変化させたところ、いずれもPeの増加に伴いCm-fは低下し、その傾向はVt-maxの低下により顕著になった。Fig.2は、Vt–hポテンシャル曲線を利用して膜表面におけるファウリング発生現象に対するPeの影響を模式的に示したものである。hは表面間距離である。Peの増加によるCm-fの低下は、膜表面近傍に到達した粒子が移流によってVt-maxを超えやすくなり、そのため粒子の膜面への付着が生じ、ファウリングが発生するためと推測される。

Fig.1 Relationship between Peclet number and membrane-particle interaction potential Vt-max with respect to surface distance

Fig.2 Schematic representation of particle–membrane surface interaction and critical filtration conditions
(2)ファウリング抑制条件下におけるサイズ分離特性
まず、電気二重層の厚さ(Debye長κ-1)を粒子径dsと細孔径dpのそれぞれに考慮することでナノ粒子の透過性を静電反発力の影響を検討した。サイズ比qと真の阻止率Rの関係をFig.3に示す。

KCl濃度の増加に応じてκ-1が減少するため、ナノ粒子の透過率が顕著に増大した。これはκ-1が透過性に寄与する割合が大きいことを示唆する。また、ナノ粒子の阻止率と細孔モデルを関連づけて考察を行った。理論線R=1-(1-q)2(2)はqで決定される分配係数Rである。細孔内の速度分布に放物線速度分布を仮定して理論線(2)を補正したものが理論線(3)である。細孔モデルに基づいてナノ粒子の透過性が説明できることを示している。次に、ファウリング抑制条件下におけるナノ粒子の透過性に対する粒子のサイズと体積分率の影響を検討した。操作圧力0.5kPa、回転数500rpm、KCl濃度0.4mMにおいて粒子径40nmと500nmの単分散粒子をさまざまな混合比に調製し、混合粒子系におけるナノ粒子の透過率について検討した。ナノ粒子の体積分率とRの関係をFig.4に示す。ここでは500nmの粒子は細孔を透過しないことを確認しており、Rはナノ粒子のみの阻止率を表す。ナノ粒子の透過性はナノ粒子数に依存し、サブミクロン粒子数による影響は小さい。以上より、膜ろ過法によるナノ粒子のサイズ分離が実現可能なことを明らかにした。

Fig.3 Effect of size ratio q on rejection R

Fig.4 Rejection R of nanoparticles on mixed system
指導教員からのコメント 膜分離工学研究室教授 市村 重俊
「ナノ粒子」の性質が「ろ過膜」の性能にどのように影響するのか、石井君はそんな研究に興味を持って取り組んでくれました。感謝しています。実験をするだけでなく、成果発表のために千葉、佐世保、石巻、足利、宇部などに出かけました。他大学の先生や学生、企業の方とディスカッションをしている姿を見るのが実は楽しみでした。成功よりも失敗の方が多かったと思いますが、真剣に取り組んだことはこれからの人生できっと役立ちます。社会での活躍を期待しています。
修士研究学生からの一言 石井 裕人
本学での研究活動を通して、論理的思考力とプレゼンテーション力を学びました。学会や学内の研究発表では要旨の作成、実験、スライドの作成など、発表の準備は大変です。発表準備の過程で、主張したいことをどう簡潔に伝えれば理解してもらえるのか深く考え、様々な場面で話す側と聞く側を経験することで論理的に考えることを鍛えられたと思います。また、やり遂げた時に力が身につき、達成感を実感することができます。さらに、研究活動を通して今まで知らなかった私自身の弱点を認識することができ、自分自身と向き合うことで成長できたと思います。