卒業研究のご紹介
2021年版

情報系所属学生

ダミーヘッド(HATS)を用いたVHF領域の耳介周りの音響計測

稲村 祐美山形県
情報学部情報メディア学科2021年3月卒業
山形県立山形中央高等学校出身

研究の目的

VHF音とは、16kHz〜32kHz程度の高い周波数の音のことであり、日常に溢れているものである。最近では、電子機器や交通機関などからのVHF音の発生が問題視され始めているが、VHF音についての研究はまだ少ない。VHF音についての研究が少ない理由として、VHF音は少しのずれで音圧が変化してしまう可能性があり、特にスピーカ呈示によるVHF音の可聴閾値計測では、正確性の担保が難しいという問題がある。
しかし、頭やマイクロホンの位置や角度が変わることで音圧がどの程度変化しているか、また、どの程度誤差が生じているか知ることができれば、スピーカ呈示によるVHF領域の閾値の正確性を担保することが可能になる。そこで本研究では、ダミーヘッドを使用し、耳介周りの音響計測を行った。また、家電や日用品、交通機関などから発生しているVHF音の調査を行った。

研究内容や成果等

■ 耳介周りの音響計測

1/4 inch.マイクロホンとMEMSマイクロホンを使用し、2種類の方法で耳介周りの音圧を計測した。
(1)測定機材と測定手順
実験は本学サウンドスタジオ内の半無響音室で行った。音源系はサウンドカード(Roland, UA-101)、アンプ(DENON, PMA-390)、ハイパスフィルタ、ツィータ(AurumCantus, G2Si)で、受音系はHATS(Bruel & Kjær, Type 4100)と、1/4 inch.マイク(Aco, TYPE 4158)、AD変換器(Aco, DAQ-200)、またはMEMSマイク(Knowles, SPU0410LR5H-QB)、オシロスコープ(岩崎通信機, DS-5105B)で構成されている。MEMS マイクはHATSの左耳介内に設置し、1/4 inch.マイクは左耳珠に設置した(Fig.1参照)。試験音は10kHz、15kHz、18kHz、20kHz、22kHzの5つの純音(30s長)で、HATSから 50cm離したツィータから呈示した。1/4 inch.マイクによる収録の場合、AD変換器を介して出力信号をPC内にfs=192 kHzで収録した。MEMSマイクの場合は、オシロスコープを介してfs=5MHzまたは10MHzでUSBメモリにcsv形式で保存した(Fig.2参照)。HATSの顔をツィータに向けた状態を基準(0°)とし、HATSを載せた台を時計回りに 0°〜355°まで 5°ピッチで回転させ、各マイクについて 3 周分の計測値を得た。また、各マイクのHATSなしでの音圧も3回測定した。

Fig.1 Arrangements of two microphones.

Fig.2 A measuring system in this study.
(2)分析手順
1/4 inch.マイクによる収録音は付属ソフト(SPECTRA)を用いて、MEMSマイクの収録音はMATLABを用いてFFT分析した。FFT分析結果から呈示音の成分を抽出し、HATSありは角度ごと、HATSなしのそれぞれの3回の平均を求めた。
角度ごとにHATSなしを基準としたレベル差ΔLを計算し、周波数ごとにレベルの平均と標準偏差を求めた。

■ おわりに

本研究では、野球を対象とした無観客試合の観客の有無による聴覚情報の利用状況に関するWebアンケート調査を実施した。その結果、無観客試合は未だ馴染んでおらず競技・観戦意欲ともに低いことが客観的に確認できた。
さらに、観客有りでの試合では、臨場感がより高く評価される点が確認できた。
今後は、無観客試合を配慮した音響的学的検討も進める予定である。

■ 測定結果

Fig.3にHATSの回転角度と1/4 inch.マイク、MEMSマイクによって測定されたレベル値ΔLの関係を示す。横軸が回転角度、縦軸がレベル差である。

Fig.3 Relationships between azimuth angle and ΔL measured by each microphone.
Fig.3(a)から、左耳珠の1/4 inch.マイクが音源に向き始める0°→90°及び遠ざかる90°→150°の角度範囲でΔLは0dB付近を変動し、周波数によるバラツキも小さい。さらに、1/4 inch.マイクが左耳介に隠れる150°→270°では徐々にΔLが減少し、270°付近で最も小さくなり、その後、270°→355°で0dBに向かってほぼ単調に増加している。音源から見て1/4 inch.マイクが完全に真裏となる角度270°付近で音圧が最小になることから、頭部の遮蔽効果がΔLに最も寄与していると考えられる。なお、ΔLの微小な変動は鼻や耳介の影響と考える。一方、Fig.3(b)から、MEMSマイクの場合、マイクが音源に向き始める0°→30°の角度範囲ではΔLは概ね0dBとなっているが、30°→270°の角度範囲では、1/4 inch.マイクの測定結果と異なってΔLは大きく変動し、かつ周波数によってΔLが最大・最小となる角度も大きく異なっている。
なお、ΔLの変動範囲は、1/4 inch.マイクは29〜33dB、MEMSマイクは29〜43dBで、MEMSマイクの方が変動範囲は大きく、周波数に比例して増加する傾向であった。
耳介内に設置したMEMSマイクの場合、1/4 inch.マイクの結果よりもΔLの変動が周波数によって著しく異なっていて、音源からの見通しが良い角度範囲(40°〜100°)でもΔLが異なる変動パターンを生じている。1/4 inch.マイクとMEMSマイクの違いはマイク位置の違いが主因で、頭部形状ではなく耳介形状の影響であると考えられる。従って、耳介形状はVHF音の聴取レベルに大きく影響すると推察される。

■ おわりに

本研究では、1/4 inch.マイクとMEMSマイクを使用し、頭の位置や向きが変化した際の耳介周りのVHF音を対象とした音響計測を行った。分析結果から、周波数やマイクの位置が変化するとΔLの変化が生じることがわかった。マイクの位置の違いによって、ΔLに10dB以上の差があることから、VHF音の聴取レベルの変化は、耳介や位置の変化が影響していると考えられる。
しかし、VHF音の可聴閾値計測を行うにあたって、耳介の個人差が問題の1つとされている。今回使用したダミーヘッドはデンマーク人をベースにモデル化されたものであるが、今後は日本人ベースのダミーヘッドでの耳介周りの音響計測も行う予定である。また、実験結果の妥当性の検証として、周波数4kHz以下の検証実験や1/4 inch.マイクの両耳間レベル差(ILD)、HRTFのデータベースとの比較なども検討する予定である。
指導教員からのコメント 応用音響工学研究室准教授 上田 麻理
音は耳や鼻などの大きさや形、体型や洋服の素材の違いによっても反射や回折、吸音などによって少しずつ聴こえ方が変わります。稲村さんが取り組んだVHF音はとても高い周波数の音のため、波長がとても短いことから、環境や身体の特徴、些細な動きでも影響を受けやすいことから、20年度はコロナ禍もあり、ヒトを対象とした実験は行わず、ダミーヘッド(HATS)を用いて角度やマイクロホンの設置方法など様々な条件下で実験・解析を行いました。
このような地道な研究成果が世界的にも求められており、少し難しい研究ですが研究室をあげて特に大事にしているテーマです。稲村さんは苦手だったプログラミングや計算も克服しながら本当によく頑張りました。現在は就職していますが、研究はまた続けたいとのことです。このような基礎研究は学会での賞の受賞はなかなか難しく残念ながら受賞できませんでしたが、稲村さんの頑張りに研究室の最優秀ハイアクティビティ賞を卒業式に授与しました。大学院、いつでも待っています!
卒業研究学生からの一言 稲村 祐美
本学、本学科には、ゲーム・映像作成に力を入れている印象がありましたが、今回私が研究した「音」にも力を入れていることがわかりました。1、2年次は主にプログラミングを学び、この知識は4年次まで大いに役立ち、今後も自分の力になっていくと考えています。研究室に配属されてから、学会発表に向けての研究が増え、専門知識が無いために大変困難な場面もありましたが、貴重な経験をさせていただけました。この経験を今後も活かしていきたいと思っています。