卒業研究のご紹介
2022年版

化学・バイオ系所属学生

研究室内でのクマムシの飼育と生態

後藤 綾花神奈川県
応用バイオ科学部応用バイオ科学科
2022年3月卒業
神奈川県立逗子高等学校出身

研究の目的

クマムシは体長1㎜未満の小さな生物である。陸生クマムシは体が乾燥しても乾眠という無代謝状態になり、高温、高圧など様々な極限環境下でも生存できる。乾眠の仕組みが明らかになれば、臓器や有機物の乾燥保存など医療や産業面への応用も期待される。このような不思議な特徴を備えているクマムシは、生態が謎に包まれており、さらに、実験室内での飼育が難しく、飼育法が確立されているのはごく一部である。そこで、本研究では大学内に生息するクマムシの調査、実験室内での飼育法の確立、野外で採取したクマムシの種同定を行った。

研究内容や成果等

■ 実験方法

1. クマムシの採集と研究室内での飼育

大学構内のコケ・地衣類を取り水に半日浸けるか、ベールマン装置にかけた後、実体顕微鏡(図1)でクマムシを探した。採取したクマムシは寒天培地上で飼育を行った。白クマムシにはクロレラ、茶クマムシにはヒルガタワムシを餌として与え、恒温器内で飼育し、手作りのピッカーを用いて新たな培地に移しながら継代飼育した。

図1 観察に使用した実体顕微鏡

2. 茶クマムシの飼育検証

茶クマムシは見た目や食性、繁殖方法から、オニクマムシではないかと考えた。そこで飼育できているか検証として、オニクマムシの生活史を記した先行研究 (Suzuki, 2003) を参考に、毎日の体長測定、1回当たりの産卵数、産卵周期、孵化率を調べ、比較を行った。体長測定は、画像解析ソフトウェアのImageJを用いた。

3. クマムシのDNA抽出と遺伝子配列の解析

飼育しているクマムシの種同定を目的としてクマムシのDNA抽出を行った。Polymerase Chain Reaction (PCR)により特定の遺伝子領域を増幅した。PCR産物はアガロースゲル電気泳動を行った後、DNAを精製し、サンガーシークエンスによる塩基配列の決定を行った。

■ 実験結果

1. クマムシの採集と研究室内での飼育

大学構内13か所でコケ・地衣類を取り、クマムシを探した結果、10か所で採取することができた。種類としては白クマムシが7地点、茶クマムシが3地点で見つかった。採取したクマムシの顕微鏡写真を図2に示す。採取したクマムシは寒天培地上で1匹ずつ飼育した。白クマムシは1匹の飼育では繁殖せず、複数匹で飼育したところ卵が観察でき、数も増えた(図3左)。そのため、このクマムシは有性生殖で繁殖する種であると考えられる。一方茶クマムシは1匹のみの飼育で脱皮殻の中に産卵するところを観察できたため、単為生殖で繁殖する種であると分かった(図3右)。

図2 クマムシの顕微鏡写真左から白クマムシ、第一体育館西の茶クマムシ、図書館西の茶クマムシ

図3 クマムシの卵

2. 茶クマムシの飼育検証

採取した茶クマムシは見た目や食性、繁殖方法からオニクマムシではないかと考えた。そこで飼育できているか検証するために、オニクマムシの生活史を記した先行研究 (Suzuki, 2003) と比較を行った。茶クマムシは同一腹由来の17個体を対象に孵化から死に至るまでの一生を観察した。孵化してから最初と2回目の脱皮は4日間隔で起きていた。産卵は3回目の脱皮から始まり、4~10日間隔で起きていた。17個体の内、最も寿命の長い個体は85日間生存した。次に、Suzuki(2003)のオニクマムシと本実験の茶クマムシの1回あたりの平均産卵数の比較を行った。Suzuki(2003)では16匹のうち14匹が産卵し、合計産卵数336個、1回の平均産卵数は7個であった。一方、本実験では17匹のうち16匹産卵し、合計産卵数1011個、1回の平均産卵数は12個であり、本実験の方が1回あたりの産卵数が5個多い結果となった。
2-1.体長変化
茶クマムシの成長過程を調べることを目的とし、体長測定を行った。図4より、孵化から10日頃までに大きく体長が変化し、最も大きい個体は850µm程に成長した。Suzuki(2003)の結果と比較すると、どちらも孵化から10日頃にかけて体長に大きな変化が見られた点は一致していた。しかし、最も大きい個体のサイズについてはSuzuki(2003)では700µm程であり、本実験の結果と150µmの差が見られた。
2-2 孵化率
観察対象の17匹が生んだ卵122個を対象に産卵から孵化までの日数を調べた結果、120個が孵化したため孵化率は98.4%となった。孵化は産卵から6日目と10~15日頃に多くなっていることが分かった。Suzuki(2003)の結果と比較すると、産卵から10~15日あたりで孵化数が増えている点は類似しているが、産卵から6日目の孵化率については、Suzuki(2003)では孵化数が約5個に対して、本実験では25個を超えており、大きな差が見られた。また、孵化率は本実験では98.4%、Suzuki(2003)では77.2%と孵化率にも大きな差が見られた。このような差が見られた要因としては、産卵時の親の栄養状態が本実験の方が良かった。

3. クマムシのDNA抽出と遺伝子配列の解析

飼育しているクマムシの種同定を行うことを目的として、大学構内の2地点で採取したオニクマムシのDNAを抽出し、PCRを行い、ある特定の遺伝子領域を増幅した。PCR産物をアガロースゲル電気泳動にかけて精製し、サンガーシークエンスにより塩基配列の決定を行った。いくつかのPCR産物の配列を明らかにすることができ、その解析を進めている。

■ まとめ

身近な大学構内からでも、多くのクマムシを採取することができた。白クマムシと茶クマムシは研究室内で飼育をすることに成功した。「茶クマムシはオニクマムシと考えられ、先行研究と比較したところ、いくつか違いがみられた。」これが生まれた原因として、①クマムシの栄養状態の違い、②見た目は似ているが実は違う種である、の可能性が考えられる。クマムシの種同定を行うには、詳細な体の構造の観察と、DNA配列を調べることが必須であり、更なる調査が必要である。
指導教員からのコメント 細胞力学研究室助教 山本 一徳
当研究室から卒業生を出すのは、今年度が初めてでした。後藤さんには、クマムシの研究室内での飼育の立ち上げにチャレンジしてもらいました。私にとっても初めての試みだったため、文献を参考にしながら進めていきました。最初の頃はクマムシが採れても、継代飼育ができずに苦労しました。原因がはっきりすれば次の手を打てるのですが、いかんせん元々は野外にいた生き物が相手のため、生育しない理由がはっきりしないことも多々あります。その中で、後藤さんは粘り強く課題に取り組んでくれました。後藤さんが観察した、オニクマムシの21個の産卵は、現在のところ世界最多のようです。得られた観察データを上手にまとめて、最後の卒業研究発表でも立派なプレゼンテーションを行いました。後藤さんの成果を足掛かりとして、面白い研究を展開していけるように、私自身も頑張りたいです。
卒業研究学生からの一言 後藤 綾花

研究活動を振り返り成長したこと

卒業研究に取りかかるまでは人前で発表することが苦手でしたが、研究室での進捗報告会や全体での発表を通して、データの見せ方や人に分かりやすく説明する力を身につけることができました。また、3年までの実験実習では実験方法が用意され、結果が得られることが分かった上で実験を行っていましたが、卒業研究では先生と相談しながら自分で知識を集め、実験の計画を立てて進めて行くため、課題を解決するためにはどうしたらよいのか、得られた結果に対してもなぜこの結果が得られたかなど深く考える力が身につきました。