卒業研究のご紹介
2022年版

医療技術・栄養系所属学生

視覚障害者の調理実態調査とWebレシピの分析による音支援の検討

油井 あまね神奈川県
健康医療科学部管理栄養学科
2022年3月卒業
神奈川県立荏田高等学校出身

研究の目的

料理において視覚に依存している過程は非常に多いです。例えばステーキを焼くとき、皆さんは何を指標に完成を判断しますか?おそらく多くの方は「焼き色」で判断するのではないでしょうか。また、最近の料理レシピは写真や動画による視覚的なものが多い傾向にあります。そのため、目からの情報が欠如している視覚障害者にとっては不足する情報が多く、困難な調理過程が含まれます。そこで私たちは、視覚障害者の調理を支援するためには、調理手順や完成のタイミング等を音声で効果的に伝える「音支援」が重要であると考え、この研究では音のレシピによる視覚障害者の「音支援」の在り方を検討しました。

研究内容や成果等

■ 方法

1. インタビュー調査

全盲の視覚障害者女性4名に、個別に約1時間、Zoom®による半構造化インタビューを実施した。内容は調理に特化したものとし、録音はせず記録のみ行った。インタビュー内容をテーマ別に分けたテキストデータを使用し、KH Coder(Ver.3.0)を用いて共起ネットワーク分析を行った。

2. Webレシピの音表現分析

13のレシピサイトから、「揚げる」と「焼く」調理過程を含む6つの料理(から揚げ、とんかつ、フライドポテト、餃子、ハンバーグ、ビーフステーキ)を検索し、無作為に計1949品のレシピを抽出した。レシピ中の音の表現方法についてテキストデータにまとめ、KH Coderを用いて共起ネットワーク分析を行った。また、SPSSver.25を用いて、χ²検定を行い、危険率5%をもって有意差ありとした。

■ 結果

1. インタビュー調査

1-2「揚げる」工程に関する言葉の共起
「音」がキーワードとなりそれぞれの語と繋がっていることが示された。「音」「水分」「蒸発」など「音と水分」に関する集合や、「音」「油」「温度」など「音と油の温度」に関する集合が見られた。また、「触る」「固い」「衣」の繋がりもあり、触感に関する出現も目立った。さらに、「揚げる」「買う」の「揚げ物の購入」に関する集合も見られた。

図1 「揚げる」過程に関するインタビューの共起ネットワーク
1-1「焼く」工程に関する言葉の共起
「頼る」「タイマー」「鳴る」「完成」など「加熱時間」に関する集合や、「音」「判断」「水」「多い」「少ない」など「音と水」に関する集合が見られた。特に「タイマー」の出現回数は9回と多かった。

図2 「焼く」過程に関するインタビューの共起ネットワーク

2. Webレシピの音表現分析

2-1「揚げる」料理過程を含むレシピの音表現分析
「揚げる」料理全体で「パチパチ」は「揚げあがりの合図」や「火を弱める合図」「揚げすぎの音の例」の3つの場面と共起された。料理別にみると、から揚げは「揚げあがりの合図」と「揚げすぎの音の例」の2つの場面で、とんかつは「揚げあがりの合図」の1つの場面で、フライドポテトは「火を弱める合図」の1つの場面で出現した。 「軽い音」は「揚げあがりの合図」と「揚げあがり直前」の時系列が異なる2つの場面と共起し、とんかつの音表現に由来していた。同様に「シュワシュワ」は「揚げあがりの合図」と「油の温度の確認」の2つの場面と共起し、フライドポテトに由来していた。「シャカシャカ」は出現回数が多いが(8回)、フライドポテトの「ビニール袋で粉をまぶす」に特化して出現した。 「揚げあがりの合図」の場面に着目すると、17種類の音表現と共起し、から揚げでは8種類、とんかつとフライドポテトではそれぞれ6種類の音表現と共起された。「油の温度の確認」は7種類の音表現と共起し、とんかつとフライドポテトではそれぞれ4種類の音表現が出現したが、から揚げでは出現しなかった。

図3 「揚げる」料理過程を含むレシピの音表現と料理場面に関する共起ネットワーク
2-2「焼く」料理過程を含むレシピの音表現分析
「焼く」料理全体で「グツグツ」は「火を弱める合図」や「蒸し焼き時」「蓋をする合図」「ソース調理時」の4つの場面と共起された。料理別にみると、餃子は「蓋をする合図」と「火を弱める合図」の2つの場面で、ハンバーグは「蓋をする合図」「蒸し焼き時」「ソース調理時」の3つの場面で出現した。 また、「パチパチ」、「ジュワジュワ」、「フツフツ」はそれぞれ2つの場面で共起された。「パチパチ」は餃子の「焼き上がりの合図」とハンバーグの「火を弱める合図」で共起され、出現数33回中32回は餃子由来の音表現であった。「チリチリ」は出現回数が多いが(12回)、餃子の「焼き上がりの合図」に特化して出現した。「焼き上がりの合図」と共起した音表現の出現数は49回と一番多いが、全て餃子由来の5種類の音表現に由来しており、ハンバーグとビーフステーキには「焼き上がりの合図」に該当する音表現がなかった。

図4 「焼く」料理過程を含むレシピの音表現と料理場面に関する共起ネットワーク

■ 考察

1. インタビュー調査

調理過程において、「グツグツ」「シュワシュワ」「カタカタ」「ボコボコ」「シュー」など様々な擬音が出現し、視覚障害者は微妙な音の変化を聞き分けて料理の進行度を把握していると推測した。また、「音」とともに「水」や「水分」が共起され、食材や調味料の水や水分の沸騰音、蒸発音を聞き分けて料理の出来具合を判断していると推測した。視覚障害者は晴眼者よりも聴覚が優れていると言われていることから、晴眼者に比べて視覚障害者の方が聞き分けられる音の性質が多く、言葉による表現も多彩であると考えた。

2. Webレシピの音表現分析

「揚げる」料理はひとつの場面に対する音表現が多様であるため、個人で音の表現方法が異なる傾向があることが示唆された。そのため音表現と料理の場面が結びつきにくいのではないかと推測した。音のレシピを作成する際は、実際の料理音を示し、加えて「このように音が変わったら完成」等の説明を添えることで、より効果的な音支援に繋がると考えた。 対して、「焼く」料理はひとつの場面に対する音表現が一様であるため、個人の音の表現方法が一致する傾向があることが示唆された。そのため、音表現と料理の場面が結びつきやすく、大多数の人は共通の音表現で一定の焼き上がりのタイミングや調理過程をイメージしやすいのではないかと推測した。音のレシピを作成する際は、音声や文字の音表現のみでも比較的焼き上がりのタイミング等の判断がしやすいのではないかと考えた。

■ まとめと課題

本研究から料理音は水に起因するものが多いこと、また、「揚げる」料理の音表現は多様な傾向があり、「焼く」料理の音表現は一様な傾向があることが明らかになった。
今後は料理の音に着目して様々な料理過程を含む料理の「音のレシピ」を作成し、視覚障害者の食事のレパートリーを増やすことで、より幅広い食事作りに寄与したいと考える。
卒業研究学生からの一言 油井 あまね

研究活動を振り返り成長したこと

自分で今何をしたら研究がスムーズに進むのか、どうしたらさらに良い研究になるのかを考えながら進めたことで計画力や発想力が身についたと思います。また、二度学会に参加させていただき、発表の仕方やスライドの作り方を養うことができたと感じています。

未来の卒研生(高校生)へのメッセージ

理工系大学の管理栄養学科であることを活かして、他の学科と交流できること、そしてITをフル活用できることは神奈川工科大学ならではの特徴であり、他大学の管理栄養士とは違った視点の知識やスキルを身につけることができると思います。さらに管理栄養士の仕事は無限大だなと感じます。ぜひ挑戦してみてください。