卒業研究のご紹介
2022年版

情報系所属学生

厚木市の防災無線放送の実態とAIを用いた聴き取りにくさ判別に関する研究

橋本 卓己千葉県
大学院情報工学専攻博士前期課程1年
(情報学部情報メディア学科 2022年3月卒業)
千葉県銚子市立銚子高等学校出身

研究の目的

近年、自然災害が全国各地で発生している日本では、防災情報は必要不可欠となっており、厚木市と神奈川工科大学地域連携災害ケア研究センターでは、災害時の情報提供の在り方について日々議論をしている。また、厚木市では、自然災害発生時における避難行動等の情報提供として防災行政無線の他、メールマガジンやラジオなどの情報伝達手段を用いている。しかし、全国的に防災無線放送が聴こえないという現状を踏まえ、災害時において屋外にいても防災無線放送の音声が確実に聴こえるように協議していくこととなった。
 本研究では、厚木市の防災無線放送の聴こえの実態を明らかにすることを目的とし、試験用防災無線放送の音響計測・聴取実験、そしてAIを用いた聴き取りにくさの自動判別を行ったので報告する。

研究内容や成果等

■ 試験用防災無線放送の定点観測・主観評価

(1)測定手順・評価方法

本大学付近の荻野子局 1 基を中心とする半径100~250mに位置する7地点を観測地点とし、毎日夕刻に試験用防災無線放送として流される音源(夕焼け小焼け)を PCMレコーダ (Roland R-07、サンプリング周波数:16bit)を用いて、約250日間観測した。そして収録データを横軸時間、縦軸周波数、信号成分の強さを色で表したスペクトログラムに変換し、予備的に観測者1名が音源の聴こえの良し悪しを A.聴き取りやすい > B.聴き取りにくいの2段階で主観評価した。

(2)結果

晴天時は交通量が多い地点では音源が聴き取りにくく、雨天時では降水量が多い程、音源が聴き取りにくかった。また、スペクトログラムからも交通騒音、雨音が音源の音を遮っていることが確認された(図1参照)。


図1 雨天時の聴こえ評価が B のスペクトログラム(降水量 1mm 以上)

■ 悪天候時の試験用防災無線放送の聴感実験

(1)実験方法

雨天時の防災無線放送の聴き取りにくさを確認するため、健聴学生11名(男性11名、平均年齢21.5歳)を対象に、試験用防災無線放送の収録データを用いて、音源の主観的な聴き取りにくさを 1. 聴き取りにくくはない 2. やや聴き取りにくい 3. かなり聴き取りにくい 4. 非常に聴き取りにくいの4段階評価尺度で評価する聴取実験を行った。そして順序ロジスティック回帰分析を用いて、聴き取りにくさに対する要因〔天候(晴天・雨天)を始めとする5つの項目〕の影響について調べた。なお、分析の際は主効果のみ・主効果に加えて1次の交互作用までを考慮した場合の2ケースを実施した。

(2)結果

有意水準を5%としたとき、主効果に加えて1次の交互作用までを考慮した場合、天候の違いで有意差が確認され、天候と鳥の鳴き声の有無、天候と風の音の有無で有意な交互作用が確認された(図2参照)。これらの結果から降水量が多い程、鳥の鳴き声や風の音がかき消される位、雨音が大きくなるため、音源も聴き取りにくくなると考えられる。

図2 分析結果

■ CNNを実装した聴き取りにくさの自動判別

(1)学習手順

画像分類や物体検出などの画像認識の分野に用いられるニューラルネットワークであるCNNを実装し、試験用防災無線放送の収録データのスペクトログラム画像800枚を用いて、教師あり学習としてクラスA「聴き取りやすい」、クラスB「聴き取りにくい」の正解ラベルを付けた800枚のスペクトログラム画像を学習させ、分類器を作成した(図3参照)。そしてその分類器に学習に用いていないテストデータをクラスAかクラスBかを判別し、その精度から聴き取りにくさの評価ができているかを確認した。

図3 分類器作成手順

(2)結果

正解値とモデルにより出力された予測値のずれの大きさを示す損失値が大きく、正解率も本来2クラス分類問題であれば、90%、最低でも80%ある事が望ましいが、50%前後と著しく低い結果となった。さらに2エポック目からグラフの推移が停滞していることから、モデルが訓練データにも検証用データにも適合していない未学習が発生していると考えられる(図4参照)。また, 作成した分類モデルを使用して、学習用データではないクラスAのスペクトログラム画像 5枚、クラスBのスペクトログラム画像5枚のテストデータ計10枚を分類した結果、正解率は50%となった。

図4 学習過程のグラフ

■ まとめと今後の課題

結果から、台風や豪雨などの降雨による災害時において厚木市の防災無線放送は情報伝達手段として機能しにくいということが明らかとなった。また、今回の学習方法では聴き取りにくさの評価は難しいと考えられる。今後の課題として、学習方法を変えて再度試験用防災無線放送の聴き取りにくさの自動判別を行う。また、音声放送(人工・生)の違いによる聴き取りにくさを調査していく予定である。
指導教員からのコメント 応用音響工学研究室准教授 上田 麻理
橋本君は音響学だけでなくAI(人工知能)に興味を持って研究室を希望してきました。
20年度から蓄積された防災無線放送の膨大な音声データ及び、深層学習(AI)にはデータ数が必要なため、自ら(と後に登場する大庭君)も毎日防災無線放送の録音に根気よく努めました。現在は大学院で引き続き研究に励んでいます。アルバイトと学業の両立を挫折することなく、頑張っており学部生時代には音響学会全国大会での発表、2022年8月には国際会議にもデビュー予定です。最近何よりも驚いたのは、指導教員の私に対して、研究指導時のレスポンスタイムがとてもとても速く、正確になっていたことです。橋本君の一年間の成長ぶりに感動しつつ今後も期待しています。がんばれ!
卒業研究学生からの一言 橋本 卓己

研究活動を振り返り成長したこと

研究当初は右も左も分からず、ただ与えられたことを行うだけでした。しかし、学会発表や研究が進んでいくにつれて、結果から何がいえるのか、次はどうするべきなのかを自分で少しずつ考えられるようになりました。また、分からない所は担当教員や共同研究者に聞くなどの自主性を培うことができました。そして、学ぶことの楽しさや自分が行っている研究の社会的意義を改めて実感し、人として成長できる環境に身を置ける日々に感謝をしています。これからも色々なことを学び、吸収し、楽しんで研究を行っていきたいと思います。