卒業研究のご紹介
2021年版

化学・バイオ系所属学生

膜透過ペプチド融合シャペロニン複合体のドラッグデリバリーシステムへの応用

村越 のどか神奈川県
大学院応用化学・バイオサイエンス専攻Bコース 博士前期課程 2021年3月修了
(応用バイオ科学部応用バイオ科学科2019年3月卒業)
横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校出身

研究の目的

真正細菌の可溶性画分に存在するシャペロニンGroEL(Cpn60)はダブルリング構造をもつタンパク質で、ATP依存的にコシャペロニンGroES(Cpn10)と結合し、リング入口に捕捉した変性タンパク質を内腔に落とし込み構造形成を介助する。その反応サイクル時間はATP加水分解時間で決まり、大腸菌の野生型GroELは8秒でGroES、ADP、内包したタンパク質を放出するが、当研究室ではATP加水分解に重要なアミノ酸Asp-52、Asp-398を別のアミノ酸に置換することで最長約12日間まで複合体を維持できることを見出した。我々は、天然に存在するナノサイズのタンパク質性カプセルであるシャペロニンGroEL/GroESに着目し、薬物送達システム(DDS)の新規キャリア開発を検討している。N末端に膜透過と核移行のシグナルを付加したGroES変異体とGroELの複合体は、内包した物質を細胞内と核内へ送達したことより、細胞へのDDSキャリアとして有用であると示した。本研究では異なる生物由来のシャペロニンを用いて、DDSキャリアに最適なシャペロニン複合体の組み合わせを評価する。

研究内容や成果等

DDSキャリアに最適な複合体の評価は、シャペロニンとコシャペロニンの結合強度、物質内包、複合体安定性の点で行い、大腸菌由来のGroEL/GroESと真核生物ミトコンドリア由来のmtCpn60/mtCpn10を用いて(図1-A)、分子間相互作用解析の結果から評価を行った。
シャペロニンとコシャペロニンの結合強度は、等温滴定カロリメトリーを用いて測定した。mtCpn60/mtCpn10、GroEL/mtCpn10、GroEL/GroESはATP存在下で相互作用を示したが、mtCpn60/GroESの結合熱は検出できなかった。そのため、Biacoreを用いて、結合による質量変化を測定した結果、固定化したGroESに対してmtCpn60はGroELの1/5程度の結合量であった。このことから、mtCpn60とGroESは結合できるがアフィニティーが非常に弱いことが示唆された。次に、複合体に物質が内包できるか、タンパク質Rhodaneseを用いて活性測定を行った。GroEL/GroESのRhodanese活性を100%とすると、mtCpn60/mtCpn10は85%、GroEL/mtCpn10は87%であり、Rhodaneseを内包できることを示したが、mtCpn60/GroESでは9%であった。最後に、複合体安定性解析をHPLCゲル濾過クロマトグラフィーで測定したところ、mtCpn60/mtCpn10、GroEL/mtCpn10、GroEL/GroESは複合体のピークを示したが、mtCpn60/GroESは複合体をほとんど示さなかった(図1-B)。
今回の結果から、GroEL/GroESに加えて、mtCpn60/mtCpn10、GroEL/mtCpn10を新たなDDSキャリアのカプセルの候補に決定した。真核生物由来ミトコンドリアシャペロニンを用いたDDSキャリアは、ヒトへ投与する時の生体適合性の点で期待できる。

図1 シャペロニンの複合体安定性

A.シャペロニンの立体構造(左:大腸菌GroEL/GroES [3WVL] , 右:ヒトミトコンドリアmtCpn60/mtCpn10 [4PJ1] )
B.HPLCゲル濾過クロマトグラフィーによる複合体安定性
Cy3ラベルしたGroESまたはmtCpn10とGroELまたはmtCpn60を1 mM ATPと混合し、HPLCゲル濾過クロマトグラフィーでCy3を検出する570 nmの蛍光で複合体形成を解析した。ゲル濾過Bufferに1 mM ATP非存在下 (ATP-) 、存在下 (ATP+) で行った。
指導教員からのコメント 分子機能科学研究室教授 小池 あゆみ
シャペロニンは、約20nmの大きさの天然に存在するタンパク質性ナノカプセルです。蓋の開閉と届ける場所を制御することで、これまでにないインテリジェントな薬剤カプセルができると考え、研究しています。村越さんが新たに着手した真核生物ミトコンドリアシャペロニンの研究では、なかなか成果が出ず、途中で研究方針を変更する必要がありました。最初の考え方ではうまくいかないと分かってからも、固定観念を払拭できず新しい着想に切り替えられずに苦労することが多かったですが、修士の最後にやっと自分の殻を自分で壊せたような瞬間が訪れました。より深い考察が求められる修士課程だからこその試練でしたが、今後の糧となる手応えある経験となったはずです。
修士研究学生からの一言 村越 のどか
私は考えるときの視野が狭く、物事を雑に考えてしまう癖があることを研究活動の中で自覚しており、実験計画を立てるときやデータを考察するときにかなり苦労しました。先生や研究室のメンバーとのディスカッションで、別の視点や広い視野で考え、実験データの穴を指摘し、それを埋めるには実験で何をすべきかを考えることができるようになり、自分の弱い部分を鍛えることができました。3年間で、研究の目的に向かってデータを着実に積み上げ、多くのデータと繋げて論理的に考察し、新しいことを見つけ出す、研究の難しさと楽しさを学びました。そして、自分だけの数多くのオリジナルな経験をすることができ、心から進学して良かったと感じています。