卒業研究のご紹介
2022年版

医療技術・栄養系所属学生

慢性腎臓病に対する食事療法の透析導入遅延効果に関する検討

南條 歩美神奈川県
健康医療科学部管理栄養学科
2022年3月卒業
神奈川県立座間高等学校出身

研究の目的

慢性腎臓病(Chronic kidney disease:CKD)は慢性の経過を辿る腎疾患の総称であり、日本におけるCKD患者数は約1,330万人、透析患者数は約34万人と年々増加している。CKDに対して食事療法は基本的な治療として非常に重要であり、タンパク質摂取制限による腎保護効果を期待して低タンパク食療法が行われる。日本腎臓学会が推奨しているタンパク質摂取量はCKDステージG3b以降で0.6g~0.8g/kg・IBW(標準体重)/dayであるが、明確な効果が認められるのは0.3~0.5g/kg・IBW/day以下であるという報告もある。
そこで本研究では、CKDの食事療法におけるタンパク質制限量の違いによる透析導入遅延効果とその要因について検討することを目的とした。

研究内容や成果等

■ 【方法】

1)対象・観察期間

対象は、吉祥寺あさひ病院または新横浜第一クリニックを定期的に受診のうえ栄養指導を実施し、血液検査および24時間蓄尿検査を行ったCKD患者35 名(男性20名、女性15 名、年齢:62 ±13歳、原疾患:慢性糸球体腎炎12 名、IgA 腎症8名、糖尿病性腎症5名、良性腎硬化症5名、他5名、腎機能:クレアチニンクリアランス(Creatinine clearance:Ccr)11.8±2.5mL/min、CKDステージ G5)である。観察期間は、Ccrが 15mL/min未満となった時点から、透析導入直前の外来受診日または観察期間最終日に最も近い外来受診日までとした。

2)群分けの方法

診察日に行った 24 時間蓄尿検査から、Maroni らのタンパク質摂取量の推定式を用いてタンパク質摂取量を算出し、標準体重で除した値の平均値から、0.54g/kg・IBW/day 以下(0.5g 以下群)と 0.55g/kg・IBW/day 以上(0.6g 以上群)の2群に分類した。

3)検討項目

①透析導入遅延効果について、Ccr が15mL/min 未満となってからの未透析率を Kaplan-Meier 法により2群間で比較検討し、log-rank test、Generalized Wilcoxon test で差の検定を行った。②透析導入遅延効果の要因を検討するため、血圧、尿タンパク量について観察期間内の平均を算出し、unpaired t-test により2群間で比較検討した。p値0.05未満を有意差ありとした。

■ 【結果】

症例数は 0.5g以下群で 23 例、0.6g 以上群で12例であった。観察開始時点の Ccr は、0.5g以下群で11.3±2.7mL/min、0.6g以上群で 12.9±1.8mL/minと0.5g以下群で有意に低かった(p=0.043)。
観察期間内において、タンパク質摂取量は0.5g以下群で0.42±0.06g/kg・IBW/day、0.6g以上群で0.70±0.14g/kg・IBW/dayであった(p<0.001)。食塩摂取量は0.5g以下群で 5.3±0.9g/day、0.6g 以上群で7.5±1.6g/dayと0.5g以下群で有意に少なかった(p<0.001)。
透析導入遅延効果の検討について、未透析率の推移と比較を図1に示す。Ccr が15mL/min 未満となった観察開始時点から未透析率が50%にまで減少した期間は、0.5g以下群で109か月、0.6g以上群で68か月であった。観察期間全体を通しての未透析率は、0.6g以上群と比較して0.5g以下群で有意に高かった(log-rank test:p=0.050、Generalized Wilcoxon test:p=0.028)。透析導入遅延効果の要因の検討について図2に示す。収縮期血圧は0.5g以下群で121±10mmHg、 0.6g以上群で 133±18mmHg であり0.5g以下群で有意に低かった(p=0.015)。尿タンパク量は 0.5g以下群で 0.62±0.32g/day、0.6g 以上群で 1.40±1.14g/day であり、0.5g以下群で有意に少なかった(p=0.040)。

図1 未透析率の推移と比較

図2 透析導入遅延効果の要因の比較

考察

観察開始時点のCcrが0.6g以上群と比較して0.5g以下群で有意に低かったにも関わらず、未透析率は0.5g以下群で有意に高かったことから、0.5g/kg・IBW/day以下のタンパク質制限の方が透析導入遅延効果が高いと考えられた。透析導入遅延効果の要因については、0.6g以上群と比較して0.5g以下群で収縮期血圧、尿タンパク量ともに有意に低値であったことから、0.5g/kg・IBW/day以下のタンパク質制限の方が血圧や尿タンパクの改善効果が高かったと考えられた。タンパク質制限による腎保護効果として、糸球体輸入細動脈の収縮と輸出細動脈の拡張による糸球体内圧の低下、それに伴うメサンギウム細胞の増殖抑制、間質の線維化抑制などが知られている。今回の検討から、これらの効果は0.5g/kg・IBW/day以下のタンパク質制限でより強く現れる可能性があると考えられた。
また、本研究では0.5g以下群での食塩摂取量も有意に少なかった。タンパク質摂取量と食塩摂取量は強い正の相関関係にあるとされているため、タンパク質制限だけでなく食塩制限との相乗効果により、0.6g以上群と比較して0.5g以下群では、血圧や尿タンパクの改善効果が高く、糸球体内圧の低下や糸球体線維化の抑制などに繋がり、透析導入遅延効果が高くなったと考えられた。

結語

CKDステージG5の患者に対し、タンパク質摂取量0.5g/kg・IBW/day以下の食事療法は、0.6g/kg・IBW/day以上に比較し、CKDの透析導入遅延効果が高いと考えられた。
指導教員からのコメント 実践臨床栄養学研究室教授 菅野 丈夫
慢性腎臓病における低たんぱく食療法は約100年に及ぶ歴史があるものの、まだ未解明な点も多く、その1つが治療上有効なたんぱく質制限量はどれくらいかという点です。この難題に果敢に挑み、ある程度の知見を得ることができたことは、学部学生の研究成果としては上出来であったと思います。
臨床研究は、患者さんが対象であることから研究計画通りにいかないことも多く、南條さんもいろいろと苦労していましたが、彼女の負けん気の強さと努力によって何とかまとめることができました。褒めてあげたいと思います。
1つだけ残念だったことは、COVID-19の影響で病院に行くことができず、実際の患者さんを見せてあげることができなかったことです。臨床栄養学の研究としてはとても残念なことでした。
今後は後輩がこの研究を引き継ぎ、症例を増やしたり、違う角度から検討したりして、さらに研究を発展していけるようサポートしたいと思います。
卒業研究学生からの一言 南條 歩美

研究活動を振り返り成長したこと

研究活動を通して、慢性腎臓病に関する知識や臨床研究の進め方、統計解析などの知識や技術、様々な角度から考える力を身につけることができました。新型コロナウイルスの影響で病院での栄養指導の見学はできませんでしたが、実際の患者さんのデータを解析することで、検査値の経過や患者さんごとの違いなどがよくわかり、食事療法の重要性を実感することができました。研究は思い通りに進まないことが多くありましたが、研究室のメンバー同士で助け合うことで乗り越えることができ、充実した研究を行うことができました。 今後は研究活動で得た経験を生かし、管理栄養士として社会に貢献していきたいと思います。