卒業研究のご紹介
2020年版

情報系所属学生

野球マンガを用いてゲーム要素を取り入れた高校野球の技術練習の効果

林 考澄神奈川県
情報学部情報メディア学科 2020年3月卒業
神奈川県立愛川高等学校出身

研究の目的

本研究は、高校野球の部活指導において野球未経験の指導者が効率的な練習を行うためのツールの考案を目的として行った。
現在、高校の野球部ごとに、指導者の競技経験の差による指導力の差が大きくなってしまっているが、本研究を、野球部の指導現場に活かすことにより、高校野球未経験の指導者による指導力を向上し、野球経験の豊富な指導者との差を埋める効果が期待できると考えている。野球経験がない指導者がこの研究を活用することで、生徒達により良い指導を行える機会が増えるようになる。
それにより、部員や指導者の減少に悩むどの高校でも生徒達の野球の能力が向上する指導を行うことが期待できる。同時に野球全体のレベルアップにつながる可能性があると思う。

研究内容や成果等

■ 研究テーマと方法

本研究は、野球マンガを実際の野球指導に用いることを目的とし、試みとしてマンガに描かれた練習場面を取り上げて有効性を検討した。対象とする野球マンガ作品を選出し、ゲーミフィケーション効果の期待できる練習場面を5ケース選出し、練習メニューと機材の試験開発を行い、本研究で検討する練習を選定した。選出した技術練習「色分け打撃練習」について、汎用性の高い技術練習方法および機材を完成した。効果測定実験として、神奈川県内の高校野球部活動において、2019年8月から9月にかけて、本研究で開発した「色分け打撃練習」を実施した。練習を導入した前後のデータとして、試合での打撃成績、インタビュー調査、打撃フォームを分析し、従来の打撃練習と比較して「色分け打撃練習」の効果を検討した。

■ 対象作品

練習場面を選出し練習機材とルールの開発を行うための条件をもとに野球マンガ作品を選定した。本研究では、作品A「ダイヤのA」[寺島雄二、講談社](図1/略)、および作品B「ラストイニング」[中原裕、小学館](図2/略)を用いることにした。

■ 技術練習場面の選定

作品AおよびBから、本研究の目的に合致し実践可能と思われる技術練習を5ケース選出した。各場面に登場する練習機材を実際に製作し、ゲーム要素を取り入れた練習ルールを考案した。製作時には安全面を第一に考えて材料や形態を工夫した。
5種類の技術練習を対象高校の野球部顧問と検討した。チームの方針と機材の適性から、本研究では、5種のうち作品Bの「色分け打撃練習」(図3/略)を採用した。

表1 開発した練習リスト

■ 「色分け打撃練習」の概要

「色分け打撃練習」は4色に塗り分けたボール(図4)を使用した打撃練習である。ランダムに飛んでくるボールの色を瞬時に判断し[効果Ⅰ:ボールの見極め 以下(Ⅰ)]、ボールの色によって決まった打ち方を行う[効果Ⅱ:ボールに合わせた身体操作以下(Ⅱ)]という2つの技術が必要である。2つの技術を習得することで打力の向上が期待できる。本研究では、さらに得点表を考案しゲーム要素を追加した(表2)。

図4「色分け打撃練習」機材

表2「色分け打撃練習」の得点表

■ 効果測定実験の方法

「色分け打撃練習」の効果測定実験を、神奈川県内の高校の硬式野球部3校連合チームの7名の選手を対象として行った。試合結果の比較、分析を行うにあたり、本練習の効果として、前述の「色分け打撃練習」の概要で示したように(Ⅰ)、(Ⅱ)を設定した。効果を測るデータとして、出塁率および打率に注目した。
出塁率とは、打席数あたりの出塁した割合を表した数値である。単純に打っただけでなく、四死球によっても変化する数値である。(Ⅰ)により、四死球の数に変化が生まれ、出塁率に影響があると考えた。出塁率に注目することで(Ⅰ)を確認できると考えた。
打率とは、打数あたりのヒットの割合を表した数値であり、投球に合わせて適切な打ち方ができるかどうか、すなわち打力を確認できる。そのため、打率の変化により(Ⅱ)の検証が行えると考えた。
インタビュー調査は、選手が主観的に練習の成果を実感できているか確認するために実施した。
打撃フォームの分析は、(Ⅱ)の成果を確認するために行った。「ボールに合わせた動作」を行うことで、打撃フォームに少なからず変化が生まれると考えている。打撃フォームの分析を行い、この練習を通してフォーム改善につながっているか検証する。

■ 効果測定結果

「色分け打撃練習」前後の試合の打撃成績と練習の打撃成績の収集、実験者による選手の技術評価、および選手へのインタビューを実施し、効果を分析した。
(1)試合成績の比較
打撃成績では、「色分け打撃練習」前後の数値と比較したところ、3名の選手が「色分け打撃練習」前よりも数値が向上したことが確認できた。(図5)(図6)
(Ⅰ)を示す出塁率はチーム全体で高い数値を記録した。「色分け打撃練習」前よりも数値が向上していない選手の記録も良い結果である。(Ⅱ)を示す打率は、選手によって効果が分散した。

図5 出塁率の比較表

図6 打率の比較表
(2)インタビュー結果
インタビューでは、(Ⅰ)については多くの選手が実感していたが、(Ⅱ)については、大半が習得できた実感がなかった。そして、大半の選手が「色分け打撃練習」を通じて、新たな個人の課題が生まれた。
(3)打撃フォームの比較
打撃フォームの分析では、変化の大きさや箇所は選手によって異なる。図7、図8は、Y.H.選手の打撃フォームのトップ時を撮影したものである。「色分け打撃練習」前後と比較すると、頭とバットの位置の距離に変化が生まれている。「色分け打撃練習」後のように頭とバットの位置が近い方がスイングをスムーズに行える。このことから「色分け打撃練習」により打撃フォームが改善されたことが確認できた。この練習を通して全員が打撃フォームの変化が確認された。体重移動の形、トップの形など変化の箇所は選手によって異なるが、全員の打撃フォームが改善されたことから技術が向上したことがわかった。

図7 練習前の打撃フォーム

図8 練習後の打撃フォーム

■ まとめ

効果測定実験を行い、試合、インタビュー、打撃フォームと3種類の結果の分析を行った。試合結果では、出塁率および打率が向上した。インタビューでは、選手の多くがボールを見極める力が向上した。打撃フォームの分析では、選手全員が改善した。バットをしっかりと振れる上級生の選手は、(Ⅰ)(Ⅱ)の効果が出たことで打率の向上が確認できた。対して、バットをしっかり振れない下級生の選手でも(Ⅰ)の効果が出たことから出塁率の向上が確認できた。

■ おわりに

本研究では、野球マンガをもとにゲーム要素を取り入れた練習を考案し効果を検討した。「色分け打撃練習」の練習用具とルールを開発し、効果測定実験前後の選手の打撃技術の変化を比較分析し、技術習得の効果を検証した。その結果、全選手の打撃フォームの変化と技術向上を確認できた。「色分け打撃練習」の成果が出たことから、野球マンガを指導者用の学習ツールとして活用する意義は十分あると考えられる。
今後の研究課題として、野球技術練習におけるゲーム要素の重要性の更なる検討が必要である。対象人数の増加、対象年代の拡大による効果測定データの収集、「色分け打撃練習」および他の4種の技術練習の改善と実践、新たな野球マンガの活用などがある。
指導教員からのコメント 准教授 田辺 基子 (教職教育センター専任教員)
現役選手として4年間取り組んだ野球競技、学科で専門を学び自分も親しんできた漫画というメディア、教員を目指す教職課程での学びという三つの分野を総合してテーマを考案したことが素晴らしかったです。先輩の研究を参考に、3年次の終わりから漫画作品の検証と練習器具の改良に着手しました。器具を制作しながら「ボツ」になった練習方法は複数あります。それが研究であり、試行錯誤により「色分け打撃練習」に絞って効果測定実験を行い、練習効果を期待できることがわかりました。野球をはじめ各種スポーツの指導方法に工学的にアプローチする研究は、本学の学生にとって魅力的な分野だと思います。林さんに学んだ後輩たちも、指導効果をどう測るのか、どれだけデータを取れるのかという林さんと同じ悩みに直面しながら別のテーマで頑張っています。
卒業研究学生からの一言 林 考澄
私は学科での学び、教職に関係する学びの2点を大学生活で学びました。
学科では、近年急激に成長を遂げている情報技術に関係する内容を中心に学びました。学科で得た知識はこれからの時代では必要となる知識といっても過言ではないものばかりでした。情報化が進む社会で生きていくために必要なことを学べたことがとても貴重な経験となりました。
教職での学びは、教員になるためだけの学びではなく、指導をする立場の人間に必要なことを学べたことが良かったと感じています。相手にわかりやすく物事を伝える、教える方法を学べたことが自分自身の成長にもつながったと実感できました。